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ジョナサン・ノシター『Last Words』ポスト・アポカリプティック・シネマ・パラダイス

これは酷い。カンヌ・レーベル選出作品。映画監督でありソムリエでもあるノシターは、現在ではイタリアのボルセーナ湖近くに暮らし、有機農業を営んでいるらしい。そんな彼が荒廃した近未来の地球を舞台とした作品を思いついた際、"地球最後の人間は既に世界の終わりを垣間見たであろうアフリカ難民にしたい"として4年も掛けて主演を飾る人物を探し歩いたらしい。ようやく発見したKalipha Tourayはナミビアからの難民だったが、彼をイタリアに滞在させるには農業従事者か公務員としてビザを申請する必要があるなど、色々大変だったらしく、"アメリカだったら資金調達すらままならなかっただろう"と好きにやらせてくれたプロデューサーを讃えている。まぁそりゃそうやろとしか思えん内容だが。

物語は2084年の荒廃したパリから始まる。妊娠していた妹(どうしてそうなったかは知らないと主人公は語っていた)を連れ、物資がある場所を渡り歩いていたが、なぜか通りで子供たちに絡まれ、彼らの賭けのせいで妹は殺される。途中で拾った映画フィルムを形見に、その出処であるボローニャを訪れた主人公は、後にシェイクスピアと名付けられる元映画監督の老人に出会い、彼が自転車を漕いで回す映写機から初めて映画を観ることになる。デジタルに保存された情報は失われ、フィルムというアナログな記憶媒体が残り続けるという状況から、現代の消費主義を批判しているらしいが、シェイクスピアが色々話しているのを聞く限り、時代に馴染めないただの懐古厨みたいで説教臭いし痛々しかった。一応、食料も水もない過酷な世界で前時代的な生き方を教える老人という意味で自覚的ではあるんだろうけど、分かってやってるからこそたちが悪いというか何というか。

本作品を見ているとなぜかミカイル・レッド『アリサカ』を思い出した。関連しているのはご都合主義という部分だが、同作はそれが徹底していて潔さすら感じるほどだった。しかし、本作品ではノシターの拘り部分(フィルムカメラを作り直す、フィルムを作り直す)はひたすら拘って、残りは興味もないので適当というように感じてしまった。例えば、死体と一緒に流れ着いた魚を久しぶりに見たからとそのまま調理して食べるとか、マイクもスピーカーもないのに音声を録音/上映できてるのとか、流石に色々と無理があるだろ。

シェイクスピアを演じるニック・ノルティ他、アテネあたりで暮らすコミュニティの一員としてステラン・スカルスガルドやシャーロット・ランプリング、アルバ・ロルヴァケルなどが登場する。彼らを前に映画を上映するシーンは、人類が初めて映画を見たときを再現したかったのかもしれないが、説教臭さと過剰なノスタルジーが邪魔して最早腹立たしかった。作ったフィルムで彼らを撮影するのも、撮影することの暴力性をまるで無視していて、イカれているとしか思えない。マジで1秒も面白くなかった。

・作品データ

原題:Last Words
上映時間:120分
監督:Jonathan Nossiter
製作:2020年(フランス, イタリア)

・評価:0点

・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

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3. トマス・ヴィンターベア『アナザーラウンド』酔いどれおじさんズ、人生を見直す
4. デア・クルムベガシュヴィリ『Beginning』従順と自己犠牲についての物語
7. ロラン・ラフィット『世界の起源』フランス、中年オイディプスの危機と老人虐待
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