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シャルレーヌ・ファヴィエ『スラローム 少女の凍てつく心』体調管理、身体管理、性的搾取

カンヌ・レーベル関連でスポーツ映画を観るのは、パスカル・プラント『ナディア、バタフライ』に続いてこれが二本目。あちらは水泳だったのに対して、こちらはスキーである。主人公リズは母親に棄てられるようにスキーのエリート高校に預けられ、熱血コーチのフレッドにしごかれる毎日を送っている。同級生や先輩たちはフレッドの指導に疲れてハメを外しまくっていて、純粋に強くなろうとするリズは馴染めないし、それをフレッドが拾い上げて褒めるので溝が開くばかり。母親は早々に恋人を作ってマルセイユに引っ越してしまったので相談相手もおらず、一人孤独なリズはフレッドくらいしか頼れる大人がいない。

その関係性をフレッドが誤解し利用するには時間がかからない。男性コーチと女性選手という関係性から発生するハラスメント予備軍(例えば、冒頭でフレッドは個室でリズに下着になるよう要求し、体重を測って生理開始日を訊く)は、あまりにも連続的に性的搾取まで繋がってしまう。身体を痛めてコーチになったというありきたりすぎるエピソードも、本作品の普遍性を強調しながら、"てめえの身体は俺のもの"という徹底した考えは徹頭徹尾変わっているように思えず、体調を含めた選手の管理と搾取について明白な線引はない。

しかし、地獄は続いていく。彼女には逃げ場がなく、対外的な庇護者であるフレッドとの共同生活が続いていくのだ。スキーは上手くなりたい、でもコイツに隷従するのは嫌だ、しかし隷従して気に入られれば容易く上達する。まるで両端にあるフラッグを往来するスラロームのように、リズの心は両極を往来しながら引き裂かれていく。映画のほとんどは彼女の当惑と混乱に焦点が当てられ、我々を当惑と混乱の渦へと突き落とす。

ジェレミー・レニエっていつもこんな役ばっかりやってる気がする。ちなみに、フランスは15歳が性同意年齢らしいので、同意があれば法律上は問題ないらしい。同意があるとは思えないが…

追記
この映画についていろいろ考えてみたが、明白にNOと言わずに結末を観客に投げるのがどうしても理解できない。

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・作品データ

原題:Slalom
上映時間:90分
監督:Charlène Favier
製作:2020年(フランス)

・評価:60点

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