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ジョアン・パウロ・ミランダ・マリア『Memory House』記号と比喩に溺れた現代ブラジル批判

真っ白に光り輝く近未来風の工場で、防護服を来た男が穴の空いた自身の手袋を見て慌て始める。彼の名前はクリストバム。古くからこの地に暮らす黒人の老人である。舞台はブラジルの南部らしいが、既に流入したドイツ人のコミュニティが完成しており、元から暮らしていたクリストバムのような有色人種はコミュニティから疎外されているのだ。幾度となく無神経な侵入者たちに蹂躙される彼の家は既にボロボロで、落書きだらけの壁を剥げば壁画が眠っており、そこかしこに土着文化的なアイテムが転がっている。彼と白人たちの対比の他に、有色人種のコミュニティにおける彼のミソジニックで家父長信奉的な態度も露呈していく。しかし、今の時代にブラジルの非白人を黒人だけに押し付け、それに土着信仰を記号的に絡めて文化の蹂躙を描くのはあまりにも単純過ぎるのではないか。現代ブラジルにおける人種差別、資本主義による植民主義被害、先住民族の文化保護、ミソジニー、マチスモといったテーマに対して、記号や比喩に溺れて塗り潰してはいないか(ジョーダン・ピールを目指した悲惨な結果というレビューは面白かった)。ゆったりとした映像で寓話を語るという非常に映画祭向きな作品だが、媚を売りすぎている気がする。『Bacurau』を送り出したカンヌが翌年にこんな作品をラインナップに加えるなんて、どういう神経しているんだ?

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・作品データ

原題:Casa de Antiguidades
上映時間:87分
監督:João Paulo Miranda Maria
製作:2020年(ブラジル, フランス)

・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

1. グザヴィエ・ド・ローザンヌ『9 Days at Raqqa』ラッカで過ごした9日間、レイラ・ムスタファの肖像
2. フランシス・リー『アンモナイトの目覚め』化石を拾う女の肖像
3. トマス・ヴィンターベア『アナザーラウンド』酔いどれおじさんズ、人生を見直す
4. デア・クルムベガシュヴィリ『Beginning』従順と自己犠牲についての物語
7. ロラン・ラフィット『世界の起源』フランス、中年オイディプスの危機と老人虐待
8. ダニ・ローゼンバーグ『The Death of Cinema and My Father Too』イスラエル、死にゆく父との緩やかな別れを創造する
9. マイウェン『DNA』アルジェリアのルーツを求めて
10. デュド・ハマディ『Downstream to Kinshasa』コンゴ川を下って1700キロ
11. 宮崎吾朗『アーヤと魔女』新生ジブリに祝福を
12. オスカー・レーラー『異端児ファスビンダー』愛は死よりも冷酷
13. ヴィゴ・モーテンセン『フォーリング 50年間の想い出』攻撃的な父親の本当の姿
14. カメン・カレフ『二月』季節の循環、生命の循環
16. フェルナンド・トルエバ『Forgotten We'll Be』暗闇を呪うな、小さな灯りをともせ
19. ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイ『GAGARINE / ガガーリン』ある時代の終わりに捧げる感傷的宇宙旅行
22. ニル・ベルグマン『旅立つ息子へ』支配欲の強い父、息子に"インセプション"する
25. シャルナス・バルタス『In the Dusk』リトアニア、偽りの平和の夕暮れ
26. Pascual Sisto『John and the Hole』 作りかけバンカーに家族入れてみた
27. オーレル『ジュゼップ 戦場の画家』ジュゼップ・バルトリの生き様を見る
28. ジョナサン・ノシター『Last Words』ポスト・アポカリプティック・シネマ・パラダイス
29. ベン・シャーロック『Limbo』自分自身を肯定すること
30. エマニュエル・ムレ『ラヴ・アフェアズ』下世話だが爽やかな恋愛版"サラゴサの写本"
31. スティーヴ・マックィーン『Lovers Rock』全てのラヴァーとロッカーへ捧ぐ
32. スティーヴ・マックィーン『Mangrove』これは未来の子供たちのための戦いだ
33. ジョアン・パウロ・ミランダ・マリア『Memory House』記号と比喩に溺れた現代ブラジル批判
35. キャロリーヌ・ヴィニャル『セヴェンヌ山脈のアントワネット』不倫がバレたら逆ギレすればいいじゃない
36. パスカル・プラント『ナディア、バタフライ』東京五輪、自らの過去と未来を見つめる場所
37. エリ・ワジュマン『パリ、夜の医者』サフディ兄弟的パリの一夜
38. ヨン・サンホ『新感線半島 ファイナル・ステージ』現金抱えて半島を出よ!
41. 深田晃司『本気のしるし 劇場版』受動的人間の男女格差
42. Farid Bentoumi『Red Soil』赤い大地は不正の証拠
43. オムニバス『七人楽隊』それでも香港は我らのものであり続ける
44. ノラ・マーティロスヤン『風が吹けば』草原が燃えても、アスファルトで止まるはずさ
45. ダニエル・アービッド『シンプルな情熱』石像の尻を見上げてポルーニンを想う
46. シャルレーヌ・ファヴィエ『スラローム 少女の凍てつく心』体調管理、身体管理、性的搾取
47. Ayten Amin『Souad』SNS社会と宗教との関係性、のはずが…
48. ピート・ドクター『ソウルフル・ワールド』無数の無邪気な笑顔に包まれる恐怖
50. スザンヌ・ランドン『スザンヌ、16歳』16歳の春、あなたとの出会い
51. ウェイ・シュージュン『Striding Into the Wind』中国、ある不良学生の日常風景
52. フランソワ・オゾン『Summer of 85』85年の夏は全ての終わりであり、始まりであり
53. マグヌス・フォン・ホーン『スウェット』あるインフルエンサーの孤独
54. ルドヴィック&ゾラン・ブケルマ『テディ』溜め込みすぎた感情が目覚めるとき
55. 河瀨直美『朝が来る』太陽に手を伸ばしすぎでは…?
56. マイケル・ドウェック&グレゴリー・カーショウ『白いトリュフの宿る森』滅びゆく職業の記録:トリュフハンター

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