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ルドヴィック&ゾラン・ブケルマ『テディ』溜め込みすぎた感情が目覚めるとき

カンヌレーベル選出作品。ピレネーの田舎に暮らすテディはうだつの上がらない青年である。戦没者追悼式の石碑に文句を言い始める冒頭では、彼が日頃から面倒な人間として扱われていることが推察でき、実際に事件が起きても彼は狼少年のように扱われている。高校を中退した彼は最後に雇ってくれたマッサージ屋でそれなりに真面目に働き、高校生の恋人レベッカの家に入り浸っており、さながら『プティ・カンカン』におけるカンカン少年がそのまま成長したような悪ガキ感が漂っている。そんな彼の周りでは羊の大量死や老婆の死亡事件が起こっており、実に不穏な空気に包まれている。ある日、森の中で音を聴いたテディは突然腰を襲撃され、その後自分の知らない獣性が目覚め、こらえきれない衝動へと変わっていく。

テディには両親がおらず、里親のもとで暮らしており、彼は義母の介護をしている。高校は上記の通り中退しており、同年代との絡みはないどころか蔑まれている。仕事場でも、彼の上司である女性はレイプ紛いのセクハラに及んでいる。テディはちゃらんぽらんを雰囲気で周囲に溶け込もうとするが、その鬱屈した感情を抱え込んだまま押し殺しているのだ。だからこそ、狼人間にされた身体の中で、鬱屈した感情が秘めた獣性として外に出てしまうのには時間がかからない。とはいえ、終盤~ラストにかけての展開は受け止め難く、その手前までで妙にデッドパンコメディっぽい描写を重ねたからこそ『ジョーカー』よりも始末が悪い。"お前らが散々いじめたから銃持って高校に乗り込んできたんだよ"じゃあ何の解決にもなってないじゃないか。

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・作品データ

原題:Teddy
上映時間:88分
監督:Ludovic Boukherma, Zoran Boukherma
製作:2020年(フランス)

・評価:30点

・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

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3. トマス・ヴィンターベア『アナザーラウンド』酔いどれおじさんズ、人生を見直す
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7. ロラン・ラフィット『世界の起源』フランス、中年オイディプスの危機と老人虐待
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16. フェルナンド・トルエバ『Forgotten We'll Be』暗闇を呪うな、小さな灯りをともせ
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