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Pascual Sisto『John and the Hole』 作りかけバンカーに家族入れてみた

カンヌレーベル選出作品。郊外に暮らすジョン少年が作りかけのバンカーに両親と姉を監禁する話。なぜ監禁するかは明かされず、ジョンは家族がいない家の中で遊び回り/父親の車を乗り回し/金を引き出し/友人を勝手に家に呼ぶが、それらの行為が家族によって禁止されていたわけでもなく(金を引き出すのはダメだろうけど)、監禁後も特に楽しんでいる感じも解放された感じもしないのが不気味。"なぜジョンはこんなことをしている?"という疑問について、観客と同じ目線にある両親と姉で議論しているが、特に仲が悪かったわけでもないので結論は出ずに責任を押し付け合っている。それこそが巷に溢れた魔法の用語"中産階級の機能不全"に当てはまるのかもしれないが、正直これくらいの衝突は人間が二人以上いれば必然というレベルで説得力には欠ける。"何がしたいか分からない"という不穏さは画面の不穏さとマッチしているんだが、意味不明なままにしとくという選択肢を放棄して裏を読ませたがる思わせぶりさと気取った小綺麗さが鼻につく。狂気にも寓話にも振り切れず残念。唯一"飼育"関係を高低差で表し、それを一画面に収めない選択だけは良かったが(穴の広さ的に収まらなかっただけな気もするけど)。

不思議なことに本作品は"『ジョンと穴』という物語を語る母娘"という外枠がある。明らかに余計なんだが、殺人鬼の幼年期みたいなジョンの行動についてある程度の答えを教えてくれる。母親がいきなり12歳の娘を置いて家を出ると宣言して荷物をまとめ始める行動の中に"大人になる=責任を持つこと"というメッセージが隠されているのだ。が、そんなことをしても陳腐になるだけなので特に必要性は感じない。尺を伸ばすためだけの無駄な時間。

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・作品データ

原題:John and the Hole
上映時間:104分
監督:Pascual Sisto
製作:2020年(アメリカ)

・評価:40点

・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

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3. トマス・ヴィンターベア『アナザーラウンド』酔いどれおじさんズ、人生を見直す
4. デア・クルムベガシュヴィリ『Beginning』従順と自己犠牲についての物語
7. ロラン・ラフィット『世界の起源』フランス、中年オイディプスの危機と老人虐待
8. ダニ・ローゼンバーグ『The Death of Cinema and My Father Too』イスラエル、死にゆく父との緩やかな別れを創造する
9. マイウェン『DNA』アルジェリアのルーツを求めて
10. デュド・ハマディ『Downstream to Kinshasa』コンゴ川を下って1700キロ
11. 宮崎吾朗『アーヤと魔女』新生ジブリに祝福を
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13. ヴィゴ・モーテンセン『フォーリング 50年間の想い出』攻撃的な父親の本当の姿
14. カメン・カレフ『二月』季節の循環、生命の循環
16. フェルナンド・トルエバ『Forgotten We'll Be』暗闇を呪うな、小さな灯りをともせ
19. ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイ『GAGARINE / ガガーリン』ある時代の終わりに捧げる感傷的宇宙旅行
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