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ニル・ベルグマン『旅立つ息子へ』支配欲の強い父、息子に"インセプション"する

イスラエルに暮らすアーロンとウリ。自閉症の息子ウリは自分の趣味や行動の許可を父親であるアーロンに求め、アーロンはそんなウリに振り回されながら利用しているフシも見え隠れする。そんな不健康な共依存関係は離婚した元妻からのウリの収容勧告で"脅かされる"こととなる。これに対するアーロンの抵抗の仕方が実にセコくて、わざとウリを焚きつけるような言動を取ることで自分(父親)から引き離そうとする元妻をウリの中で悪人に仕立て上げることで彼に"パパと片時も離れたくない!"と言わせて言質を取り、引き離すことを回避しようとさせるのだ。まるで『インセプション』の"インセプション"のようだ。その後、アーロンは"そうしないとウリが暴れだすから"という理由で元妻と施設側との面談をすっぽかし、身勝手で無責任な逃避行へと繰り出していく。あまりにもアーロンの支配欲が強いように見えるので、共依存というよりかは"ウリが共依存させられている"状態なのだが、それが表面化しそうになるとすぐに逃げ出して先送りにするので、問題は一向に解決しない。

本作品が主に描きたかったのは"息子に依存されていると思っている父親が、実は一番依存している"ということだろう。だが、本作品のアーロンは代理ミュンヒハウゼン症候群を疑うような、息子を自分の心を満たす道具としてしか見ていないような視線が実に気味悪く、そんなもんだから映画がどれだけ進んでも解決も成長もしない。アーロンの問題が、ウリを施設に入れる/入れない問題にすり替わったまま終わってしまうので、ひたすら無意味な時間を過ごすだけだ。また、チャップリンを引用して親子の絆を暗示する描写も頗るダサく、正直褒められる要素が一つもない。

ベルリン2020に続いてカンヌ2020も激ヤバなラインナップになっている可能性があるなぁ…

・作品データ

原題:Here We Are
上映時間:94分
監督:Nir Bergman
製作:2020年(イスラエル, イアリア)

・評価:30点

・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

1. グザヴィエ・ド・ローザンヌ『9 Days at Raqqa』ラッカで過ごした9日間、レイラ・ムスタファの肖像
2. フランシス・リー『アンモナイトの目覚め』化石を拾う女の肖像
3. トマス・ヴィンターベア『アナザーラウンド』酔いどれおじさんズ、人生を見直す
4. デア・クルムベガシュヴィリ『Beginning』従順と自己犠牲についての物語
7. ロラン・ラフィット『世界の起源』フランス、中年オイディプスの危機と老人虐待
8. ダニ・ローゼンバーグ『The Death of Cinema and My Father Too』イスラエル、死にゆく父との緩やかな別れを創造する
9. マイウェン『DNA』アルジェリアのルーツを求めて
10. デュド・ハマディ『Downstream to Kinshasa』コンゴ川を下って1700キロ
11. 宮崎吾朗『アーヤと魔女』新生ジブリに祝福を
12. オスカー・レーラー『異端児ファスビンダー』愛は死よりも冷酷
13. ヴィゴ・モーテンセン『フォーリング 50年間の想い出』攻撃的な父親の本当の姿
14. カメン・カレフ『二月』季節の循環、生命の循環
16. フェルナンド・トルエバ『Forgotten We'll Be』暗闇を呪うな、小さな灯りをともせ
19. ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイ『GAGARINE / ガガーリン』ある時代の終わりに捧げる感傷的宇宙旅行
22. ニル・ベルグマン『旅立つ息子へ』支配欲の強い父、息子に"インセプション"する
25. シャルナス・バルタス『In the Dusk』リトアニア、偽りの平和の夕暮れ
26. Pascual Sisto『John and the Hole』 作りかけバンカーに家族入れてみた
27. オーレル『ジュゼップ 戦場の画家』ジュゼップ・バルトリの生き様を見る
28. ジョナサン・ノシター『Last Words』ポスト・アポカリプティック・シネマ・パラダイス
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31. スティーヴ・マックィーン『Lovers Rock』全てのラヴァーとロッカーへ捧ぐ
32. スティーヴ・マックィーン『Mangrove』これは未来の子供たちのための戦いだ
33. ジョアン・パウロ・ミランダ・マリア『Memory House』記号と比喩に溺れた現代ブラジル批判
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36. パスカル・プラント『ナディア、バタフライ』東京五輪、自らの過去と未来を見つめる場所
37. エリ・ワジュマン『パリ、夜の医者』サフディ兄弟的パリの一夜
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42. Farid Bentoumi『Red Soil』赤い大地は不正の証拠
43. オムニバス『七人楽隊』それでも香港は我らのものであり続ける
44. ノラ・マーティロスヤン『風が吹けば』草原が燃えても、アスファルトで止まるはずさ
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47. Ayten Amin『Souad』SNS社会と宗教との関係性、のはずが…
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