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スティーヴ・マックィーン『スモール・アックス:アレックス・ウィートル』己の過去を知らなければ、己の未来も切り開けない

スティーヴ・マックィーンによる、1960年代後半から80年代半ばまでのロンドンの西インド人コミュニティを舞台にした5つのオリジナル映画からなるアンソロジー・シリーズ"Small Axe"から、四作目となる本作品ではイギリスの小説家アレックス・ウィートルの前半生を三つの時間軸に割って描いている。刑務所の中を歩かされているアレックスの場面から幕を開け、同房のシメオンという受刑者に打ち明けるという形で、彼の出自が明らかになっていく。幼少期にジャマイカ人の両親に捨てられた彼は、白人の孤児たちに囲まれて養護院で愛のない扱いを受け続けて育ったため、黒人コミュニティや文化に憧れを抱きながらも自分はイギリス人であるという明白な線引があるようだ。初めて地区に引っ越してきた際、隣室のデニスと知り合った彼は、コーンやバビロンといった隠語を理解できず、床屋では"肌は黒いけどサリー出身(のイギリス人)だよ"と応えるのは、彼のねじれ状態にあるアイデンティティを象徴している。それは彼の流暢なイギリス英語と黒人コミュニティにおける訛った英語からも見て取れる。

前作『Red, White ad Blue』と同じく個人の視点を描いた作品だが、同作のような広い視野があるわけではない。あるのは"自分の物語などない"と言い切るほどアイデンティティの摩擦に消耗した一人の青年の物語だけである。ナイーブな彼が荒波に揉まれ続け、最終的にブリクストン暴動で逮捕されて冒頭に至るまでの過程は確かに息苦しい。しかし、1時間という尺はあまりにも短すぎる。学生時代に差別的な発言をした白人生徒に飛びかかって、警備員に拘束され、体育館に放置された際の長回し(にじり寄るような接近と鮮やかな後退)を含めた幾つかのシーンは印象に残っているが、これまでの三作品に比べると少々見劣りしてしまう。

本作品のラストで、シメオンは落ち込んでいるうら若きアレックスにこんな言葉を掛ける。教育が鍵だ。知識は世界を180度変える。己の過去を知らなければ、己の未来も切り開けない。そして、アンソロジーは最終話『Education』へと引き継がれる…

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・作品データ

原題:Alex Wheatle
上映時間:66分
監督:Steve McQueen
製作:2020年(イギリス)

・評価:60点

・"Small Axe"シリーズ

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