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東欧/バルカン映画

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自身の映画記事のうち、東欧映画とバルカン映画に区分されるものをまとめています。
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記事一覧

Szilágyi Zsófia『January 2』ハンガリー、離婚した親友の引越手伝い

シラージ・ジョーフィア(Szilágyi Zsófia)長編二作目。彼女はエニェディ・イルディコー『心と体と』やホルヴァート・リリ『Preparations to Be Together for an Unknown Period of Time』などで助監督と務めた後、2018年に『One Day』で長編デビューした経歴を持つ。学生時代はエニェディ・イルディコーとペーテル・ゴタールの指導を受けていたらしい。ちなみに、ホルヴァート・リリは本作品のプロデューサーを務めている。物

Laurynas Bareiša『Drowning Dry』リトアニア、ある姉妹其々の家族の穏やかな時間と

2025年アカデミー国際長編映画賞リトアニア代表。Laurynas Bareiša長編二作目。本作品はエルネスタとユステという姉妹を中心に、二人の夫と二人の子供たちについて描いている。エルネスタの夫ルーカスはMMAの格闘家で、比較的強い選手のようだが、エルネスタは彼が戦い続けることに不安を感じている。ユステの夫トマシュは人の良い小太りのおっさんだが、ハンドルを握ると人が変わることが指摘されている。エルネスタの一人息子クリスタパスとユステの一人娘ウルテは同年代で、仲も良好である

Saulė Bliuvaitė『Toxic』リトアニア、少女たちを取り囲む"有害な"価値観たち

2024年ロカルノ映画祭コンペ部門選出作品、金豹賞受賞作品。Saulė Bliuvaitė長編一作目。冒頭から強烈だ。母親に捨てられ、殺伐とした工業都市で祖母と二人で暮らす13歳のマリアは、足が悪いため歩く際に片足を軽く引き摺ることから除け者にされてきた。そんな彼女がプールでジーンズを盗られたと更衣室で怒るシーンから映画は始まる。ロッカーより少し高めに設置されたカメラが寄る辺なき孤独を感じるマリアを小さく映し出す。作中では接写か高い視点から見渡すショットが多く、ある意味で前者

サボー・イシュトヴァーン『25 Fireman's Street』ハンガリー、破壊されるマンションが見たカオス的走馬灯

傑作。サボー・イシュトヴァーン長編四作目。前年に撮った短編『A Dream of a House』の続編のような立ち位置にある。ある夏の暑い夜、取り壊しの決まったペストの古びたアパートに暮らす人々は、不確かな未来に直面しながら呪われた過去を落ち着きなく回想する。激動の戦間期、矢十字党の時代、スターリン時代、住民たちが経験した様々な記憶を"意識の流れ"のように連続的に紡いでいく。それはまるで死にゆくアパートの見た走馬灯のようでもある。カメラに語りかけるように非線形な記憶が並べら

ラドゥ・ジュデ『Sleep #2』アンディ・ウォーホルへの挑戦

ラドゥ・ジュデは最新ドキュメンタリーを2本、ロカルノ映画祭2024に出品した。本作品はその片割れである。いきなり題名が"#2"となっているのはアンディ・ウォーホルの伝説的実験映画『Sleep』への言及であり、続編の自称である。映画は定点カメラで24時間ライブ中継されているウォーホルが"眠る"墓の映像を繋ぎ合わせて作られており(これが正しいライブ配信切り抜き映画か)、ジュデ自身によってDesktop Filmと自虐的に表現されている。おおよそ撮影した順番で映像が並べられており、

テレザ・ヌヴォトヴァ『ナイトサイレン 呪縛』スロヴァキア、"魔女"と呼ばれた女たち

テレザ・ヌヴォトヴァ長編二作目。8歳のときに家を飛び出したシャロータが崖の上から妹タマラを吹っ飛ばしてしまう冒頭、音もなく落下して視界から消え去る感じ、めちゃくちゃアンドレア・シュタカ『Cure: The Life of Another』に似てた。ただ、その後の展開は全く違う。大人になったシャロータは、一番故郷に帰っちゃいけないタイミングとコンディションで故郷に帰ることになり、あの頃と変わらぬ森の中で、今では焼け跡を残すのみとなったかつての実家や廃墟となった隣家を発見する。す

Ardit Sadiku『The Forgotten Mountain』アルバニア、"呪われた山"で過去の自分を見た男

アルディト・サディク(Ardit Sadiku)長編二作目。無職の息子に家と店を騙し取られた老齢の父親リカルドは、娘エマを頼って夫ロレンツが持っている山奥の小屋に三人でやって来る。人口は20人程度の小さな村での生活は都会での問題を忘れさせるどころか、無視してきた問題まで表出させてしまう。娘夫婦は不妊治療を続けていたが、大きな手術が必要と分かってロレンツは躊躇している。仕事一筋で家族のことは妻に丸投げだったリカルドも、妻を亡くして意気消沈しており、実の息子に裏切られて慣れない環

Živko Nikolić『The Death of Mr Goluza』モンテネグロ、自殺を巡る大騒動

ジヴコ・ニコリッチ(Živko Nikolić)長編三作目。ゴルジャ氏は都市部で働く冴えない会社員。ある日、休暇を取って海辺に行くことにした彼は、道中で全財産を失い、寂れた小さな町に辿り着いた。間近に迫った町長選挙のために裏工作が盛んに行われていたり、好奇の目で見られている美しき未亡人アンカが居たりするその町で、ゴルジャ氏は陰謀に巻き込まれていく。市長を追い落としたいホテル支配人によって、彼は自殺するために来たという物語が勝手に展開され、最期の日々を最高に彩ってやろう!という

Živko Nikolić『Luka's Jovana』モンテネグロの山奥に暮らす夫婦の見た世界の揺らぎ

傑作。ジヴコ・ニコリッチ(Živko Nikolić)長編二作目。『The Beauty of Vice』でも思ったが、この人は本当に冒頭の引き込み方が上手い。本作品は断崖絶壁のロングショットから始まる。カメラが崖に躙り寄っていくと、そこにへばりついている白い影が見え、羊でもいるのかと思ったら鉄の棒を抱えた人間で、足元の岩を割って崖下にいる人物に投げ渡しているらしいというのが分かってくる。これが本作品の主人公となる若夫婦ルカとヨヴァンナである。彼らはこの山奥に二人だけで生活し

Živko Nikolić『Beasts』モンテネグロ、孤島に美少女がやって来た

ジヴコ・ニコリッチ(Živko Nikolić)長編一作目。その昔、アドリア海沿岸地域では荒天時に限って、犯した罪に対して責任を負わないという法があった。とある嵐の夜の日、村人が豹変したように不道徳になる小さな島に、名もなき美少女が小舟で流れ着いた。村人たちは一様にこの神出鬼没な少女を追いかけ始める。物語自体はないに等しく、とにかく性格の悪そうな堕落した人々(寝たきりの"船長"、マウント取りの"教授"、美少女に襲いかかる"神父"、グルーチョ・マルクスみたいな男というキショい権

Živko Nikolić『美しき罪の神話 (The Beauty of Vice)』モンテネグロ、古き法と美しき悪徳

大傑作。ジヴコ・ニコリッチ(Živko Nikolić)長編五作目。モンテネグロの山間部は何世紀もの間、厳格な掟に支配されていた。冒頭ではこんな事例が紹介される。自宅に帰ってきた主人は、玄関から半裸の男が逃げ出すのを目撃する。妻が不倫していたのだ。すると妻は諦めたように泣きながら"命を差し上げます"と言って顔より大きいパンを黙々と焼き始める。そして翌早朝から夫婦は小高い丘の上に登り、妻は無言で頭の上にパンを掲げる。主人はそのパンごと妻の頭をハンマーで叩き割る。これが不倫への罰

Arvo Kruusement『Autumn』あのキールが遂に結婚し農場を買います

表題の時点で、どうでもいいわなと思った貴方、正しいと思います。Arvo Kruusement長編七作目。20世紀初頭、エストニアの小さな田舎町の青年たちを描いたオスカル・ルッツ(Oskar Luts)の半自伝的小説群"四季"シリーズの映画化作品三本目。前作『Summer』から14年、一作目『Spring』から21年が経ち、今回も監督以下スタッフ/俳優全員同じ人が揃って同じ人物を演じ、俳優たち個人の成長とキャラの成長が重ねられている。時は戦間期共和国時代、お馴染みの彼らも中年に

Arvo Kruusement『Summer』ぜんぶアルノのせい

Arvo Kruusement長編三作目。20世紀初頭、エストニアの小さな田舎町の青年たちを描いたオスカル・ルッツ(Oskar Luts)の半自伝的小説群"四季"シリーズの映画化作品二本目。前作『Spring』から7年経ち、監督以下スタッフも俳優も全員同じ人が揃って同じ人物を演じ、俳優たち個人の成長とキャラの成長が重なっている。時は20世紀初頭、お馴染みの彼らも20代になった。前作の主人公はインテリナイーヴな優等生アルノだったが、本作品では悪ガキのトゥーツが主人公となる。物語

Leida Laius『The Master of Kõrboja』エストニア、湖が導く出会いと別れ

レイダ・ライウス(Leida Laius)長編四作目、初のカラー作品。A・H・タンムサーレによる同名小説の映画化作品。クルボヤ農場の一人娘アンナが都会から帰ってきた日、泥酔して人を殺して収監されていたヴィルも村に戻って来る。アンナの父ラインが彼女を呼び寄せたのは、多くの人が去って運営すら危うくなりそうなクルボヤ農場の行く末を娘に決めてもらうためだった。結婚して新たな農場主を擁立するか売り払うか。そこで彼女が目をつけたのがかつての友人で、お勤めを経て妙にやる気になったヴィルだっ