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東欧/バルカン映画

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自身の映画記事のうち、東欧映画とバルカン映画に区分されるものをまとめています。
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記事一覧

Arvo Kruusement『Autumn』あのキールが遂に結婚し農場を買います

表題の時点で、どうでもいいわなと思った貴方、正しいと思います。Arvo Kruusement長編七作目。20世紀初頭、エストニアの小さな田舎町の青年たちを描いたオスカル・ルッツ(Oskar Luts)の半自伝的小説群"四季"シリーズの映画化作品三本目。前作『Summer』から14年、一作目『Spring』から21年が経ち、今回も監督以下スタッフ/俳優全員同じ人が揃って同じ人物を演じ、俳優たち個人の成長とキャラの成長が重ねられている。時は戦間期共和国時代、お馴染みの彼らも中年に

Arvo Kruusement『Summer』ぜんぶアルノのせい

Arvo Kruusement長編三作目。20世紀初頭、エストニアの小さな田舎町の青年たちを描いたオスカル・ルッツ(Oskar Luts)の半自伝的小説群"四季"シリーズの映画化作品二本目。前作『Spring』から7年経ち、監督以下スタッフも俳優も全員同じ人が揃って同じ人物を演じ、俳優たち個人の成長とキャラの成長が重なっている。時は20世紀初頭、お馴染みの彼らも20代になった。前作の主人公はインテリナイーヴな優等生アルノだったが、本作品では悪ガキのトゥーツが主人公となる。物語

Leida Laius『The Master of Kõrboja』エストニア、湖が導く出会いと別れ

レイダ・ライウス(Leida Laius)長編四作目、初のカラー作品。A・H・タンムサーレによる同名小説の映画化作品。クルボヤ農場の一人娘アンナが都会から帰ってきた日、泥酔して人を殺して収監されていたヴィルも村に戻って来る。アンナの父ラインが彼女を呼び寄せたのは、多くの人が去って運営すら危うくなりそうなクルボヤ農場の行く末を娘に決めてもらうためだった。結婚して新たな農場主を擁立するか売り払うか。そこで彼女が目をつけたのがかつての友人で、お勤めを経て妙にやる気になったヴィルだっ

Marija Kavtaradzė『Slow』リトアニア、親密さと身体について

傑作。2024年アカデミー国際長編映画賞リトアニア代表。マリア・カフタラーゼ(Marija Kavtaradzė)長編二作目。コンテンポラリーダンサーのエレナは聾の若者に向けたダンス教室を開いており、そこで手話通訳のドヴィダスと出会った。エレナはこの物静かな青年をすぐに気に入るが、彼からアセクシャルであることを告白される。物語は二人の関係性を手探りで進めていき、決してニヒリズムや不必要な残酷さを経由することなく、互いに最善を尽くしても同調しきることのできないリズムを描いている

Hüseyn Mehdiyev『Strange Time』アゼルバイジャン、父を介護する娘を襲う悪夢

大傑作。フセイン・メヒディエフ(Hüseyn Mehdiyev)長編五作目。監督は1943年、アゼルバイジャンはシェキ生まれ。1962-1967年にかけてアゼルバイジャン工科大学で学び、卒業後は5年ほど国営新聞や雑誌社で働き、1972年からは全ロシア映画大学で学ぶ。1977年に卒業後はアゼルバイジャンフィルムスタジオで撮影監督として勤務、1984年からは長編映画製作も開始した。民主化以降、1993年から2001年までアゼルキノビデオという映画撮影分野を統括する会社(?)で最高

ヤンチョー・ミクローシュ『The Pacifist』"愚者や動物みたいな何も考えない者は幸せだ"

ヤンチョー・ミクローシュ長編九作目。前年に製作した『The Confrontation』の続編としてTV用に製作したイタリア映画。『Electra, My Love』と並んで珍しい女性単独主人公の作品。原題も英題と同じく"平和主義者"だが、別題として"雨を止めろ"というのもあるらしい。前作では左派を大義の殉教者として描いていたが、本作品では一歩引いて全体を俯瞰しているような形になっている。地元の左派学生のデモを取材していたジャーナリストのバルバラが、ファシストの若者たちに襲撃

ヤンチョー・ミクローシュ『Season of Monsters』ハンガリー、世界に絶望し変革を希求する人々

1987年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。ヤンチョー・ミクローシュ長編20作目、久々に同時代のハンガリーを舞台とした"混沌"四部作の第一篇。アメリカに亡命していた大学教授ゾルタイは亡命後初めてハンガリーに帰国するが、テレビ番組によるインタビューが終わるとすぐに自殺してしまう。自殺を知らされたかつての同級生バルドーツが遺体のあるホテルの部屋に行く長回しは実に強烈。なにせ、終盤のエレベーターのシーンでは殴られた女がガラス越しに吹っ飛んでくるのだ。意味が分からん。そして、クロ

ヤンチョー・ミクローシュ『Allegro Barbaro』ハンガリー、激動の1940年代を生きる

ヤンチョー・ミクローシュ長編18作目。同年に公開された『ハンガリアン狂詩曲』から、終ぞ完成しなかった『コンチェルト』へと連なる三部作"Vitam et sanguinem"の第二作。この三部作ではハンガリー近代史を一人の人物の目線から展開するヤンチョー・ミクローシュ的叙事詩であり、三部作は順に1910年代(一次大戦期)→1940年代(二次大戦期)→1950年代(スターリン時代)を描いている。モデルとなったバイチ=ジリンスキ・エンドレという人物は、ある小貴族の長男であり、一次大

ヤンチョー・ミクローシュ『Winter Wind』ハンガリー、疑心暗鬼に陥るテロリスト

傑作。ヤンチョー・ミクローシュ長編八作目。1934年10月9日、マルセイユにてユーゴスラビア国王アレクサンダル1世とフランス外相ルイ・バルトゥーが暗殺された。背景はこうだ。第一次世界大戦の敗戦によって解体されたオーストリア=ハンガリー帝国の構成地域は新たな国家であるユーゴスラビア王国を誕生させたが、その喜びも束の間、異民族への敵対心に蝕まれていった。国王となったアレクサンダル1世はセルビア系以外の民族を弾圧し、国粋主義者や分離主義者は国を離れて近隣国(ドイツ/ハンガリー/イタ

Barbara Sass『The Scream』ポーランド、抜け出せない円環構造から届く叫び

Barbara Sass長編三作目。長編一作目『Without Love』と同じく奇声を発する女性が冒頭で登場する衝撃。しかし今回叫んでいるのはドロタ・スタリンスカ演じる主人公の方だ。しかも、刑務所から出所したての元泥棒マリアンナという、『Without Love』でスタリンスカが演じたエヴァと鏡像関係にあった少女と同じ境遇と名前なのだ。彼女は老人ホームで働き始める。真面目に仕事をこなしているが、収入も少なければ帰る場所もない。この世の果てくらい汚い実家には自分と同じような境

Barbara Sass『Without Love』ポーランド、西欧への破滅的な憧れの末路

傑作。Barbara Sass長編一作目。奇声を発しながら夜の団地を走る女、それに追われる男。というなんとも魅力的な始まり方をする本作品だが、主人公はこの二人ではない。警察無線を聞きつけて飛んできた記者のエヴァの方だ。彼女はこんな穴埋め記事ばかり書かされていた。曰く、複雑な事件は男の仕事だ、と。エヴァは彼女を否定する全てを拒絶しながら、かつて自分を捨てたイタリア男に会うために、全てを賭してイタリア再訪を画策する。曰く"どんな対価を払っても最上の人生を歩むべし"。編集長とは寝る

イジー・メンツェル『剃髪式』チェコ、物質的豊かさと精神的豊かさの綱引き

1981年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。イジー・メンツェル長編八作目。チェコを代表する作家ボフミル・フラバルの同名小説の映画化作品。登場する主要キャラのうち、マリシュカとペピン叔父さんはフラバルの家族をモデルにしているらしい。主人公は小さな田舎町にある醸造所経営者のフランシン。彼は真面目で禁欲的な男だったが、その妻マリシュカは肉とビール大好きな魅力的な人物だった。特に前半は常にビール飲んでなんか食ってる。残りの登場人物たちはいつも通りの昼下がりの変態たちなので、堅物の

クリスティアン・ムンジウ『エリザのために』ルーマニア、腐敗の連鎖を可視化する

2016年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。クリスティアン・ムンジウ長編四作目。同じ年のコンペにはクリスティ・プイウの新作『シエラネバダ』も並んでいたというルーマニア・ニューウェーブの中でも一つの到達点のような年でもあった。主人公ロメオはトランシルヴァニアにある警察病院に勤める中年医師、調子の悪い妻マグダと高校卒業を控える娘エリザと三人暮らしだ。ケンブリッジ大学入学のための奨学金を得るには最終試験で9.0以上の成績を維持する必要があるのだが、試験を目前に控えたある日、エリザは路

アグニェシュカ・ホランド『人間の境界』ポーランドとベラルーシの国境森林帯にて

2023年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。アグニェシュカ・ホランド長編25作目。本作品はベラルーシとポーランドの間にある"緑の国境(Green Border)"と呼ばれる湿地森林地帯(世界遺産に登録されたビャウォヴィエジャの森なのかは謎)を舞台にしたオムニバス映画である。視点人物となるのは国境を超えて親族のいるスウェーデンを目指すシリア人一家、ポーランドの国境警備隊、難民たちに正規の亡命申請をさせようとする活動家、国境付近に暮らしている一般女性である。シリア人一家はベラ