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エマニュエル・クールコル『アプローズ、アプローズ! 囚人たちの大舞台』ゴドーたちを待ちながら

カンヌ・レーベル選出作品。『アプローズ、アプローズ!』というくらいなので『アブサロム、アブサロム!』なのかと思いきや、『ゴドーを待ちながら』だった。それも、『ゴドーを待ちながら』を演じる囚人たちを観る我々がウラジミールとエストラゴンになるという"現実にしては巧すぎる"話だった。囚人更生プログラムにやってきた落ち目の舞台俳優エチエンヌが、囚人たちに『ゴドーを待ちながら』を演じさせるわけだが、"待つのは(囚人である)お前らと一緒だろ"とか"暇なんだから覚えろよ"とかパワハラ三昧で、"パパは自分のことばっかじゃん"と娘にも呆れられているが、それら全てを美談ぽくまとめちゃうのが辛い。

この手の作品は練習と本番で同じシーンを採用し、練習では上手くいかないけど本番では成功するというパターンを錬成するが、本作品では文盲のジョルダンにそのパターンを用いつつ、練習にないシーンを本番で使ったり、その逆があったりと、その予測不能性が面白かった。本番も何度か繰り返されるが、一度も同じシーンを被せなかったのも意外。囚人たちに一般人がパワハラ、脱走しそうな囚人たち、本番で緊張してトチりかける囚人たち、反復しない反復という予測不能性が、緊張感を持続させているのだ。

謎のロシア人の囚人が、最後まで謎のポジションを維持してエチエンヌに付いてきたわけだが、彼こそ"チャンスの神様は前髪しかない"みたいな感じで、"実はゴドーはずっとそこにいた"と知らせる役割なのかもしれない。囚人たちのゴドーも、エチエンヌのゴドーも、ずっとそこにいたのだ。

・作品データ

原題:Un triomphe
上映時間:105分
監督:Emmanuel Courcol
製作:2020年(フランス)

・評価:60点

・カンヌ映画祭2020 カンヌ・レーベル作品

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