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ビリーさん集め。

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2022年8月の記事一覧

「偉大なる旅路」

「偉大なる旅路」

真夏の光を集め始めた眩い青が黄昏れて、
立ち止まる帆船たちは木の葉のように揺られてた、
船上からは永遠までも視界にしようと終わり近づく旅人たちが手を差し伸べて、

微かな風に揺らされた、そのとき海は育ち始めた若い緑の草原にもなる、
走る風の響く草原、そこから流れて砂浜へ、
やがては揺蕩う凪の海、

目覚めた月は白く白く透きとおる、お星様たち瞬きしてた、
濃い濃い青い藍の彼方に人差し指で船を描いて、

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「さようなら」

「さようなら」

 横から吹き抜けてゆく風はもう冬のそれとは違ってた、あまりに長くて、ひょっとしたらもう終わらないんじゃないかとさえ思った一週間の朝のことを思い出す。
 三年間切らなかった髪はすっかり伸びて、風にさらわれそうなくらいにふわり宙に舞う。
 名前を知らない花の匂い、どこかから流れてきた飛沫、耳をすませば坂道の向こうの海が聞こえる。

 笑う声と鼻をすする音、喜びと期待より淋しさと不安のほうがずっと大きく

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「ねがいごと」

「ねがいごと」

春に出逢い、夏に笑い、
秋には泣いて、冬に去る、
やがての別れが待っているとわかりはしつつ、
私たち、ヒトは祈ることをやめることなく、
合わせた両の手のひらに、明日の歓喜と晴天を、
流れる水を、実りの穂を、
雨天炎天、健やかなる日、
それほど多くを望むのだ、

春には温い風、夏に疲れて、
秋に収穫持ち合わせ、
冬には再び眠る場所を探して南へ去った、
私たち、生きとし生きる全ての者は昨日と同じ、

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「遠雷」

「遠雷」

移気な季節に沿って、
無為なる路をそぞろ歩く、
憶えているのは祈る君の細い背中だけ、
何故だか涙を止められないときは、
僕にはいまだ、心が残っているのだと知る、
ため息だろうか安堵だろうか、
風には溶けない息を吐く、

濃い濃い藍のいちばん深い、
夜中の空にも似た海の肚、
指先そろりと掬うみたいに、
数百万年、孤独に眠る、
心優しい石のよう、
人人独り、生死であれ石より静寂、
そう在れたらと日に日

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「ここにいたこと」

「ここにいたこと」

明けたばかりと思った今日も、
すでに陽は落ちてゆく、
過ぎ去る日々を慈しむには僕にはまだ早いらしくて、
明けるころの月の匂い、また再び闇にゆく、

ショーケースに見た自転車は、
テント前でピエロが乗ってた、
前輪のやたら大きなおどけたやつで、
もう彼は素顔だろうか、赤い鼻を思い出す、

またどこかで子供達にキャンディーを小躍りしながら配ってるかな、
放した風船、空の青みに溶け込んで南の向こうへ流さ

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「微熱」

「微熱」

「永遠なんて軽々しく口にする軽薄を、
僕はいつも嘲笑われて、青臭さに苦笑う、

例えばあの娘とそれがあるなら、
そう想い浮かべるだけで光は宿る、
かすかだとして確かな光、

奇跡なんて起こそうにも無理ばかり見て、
やり方なんて何処を探すも触れようにも壊れてしまいそう、
それなら君と奇跡があるなら、それだけで体から熱が出る、

誰かが落としたカケラ集めた、そこに何かがあるような、
この右の手につかめ

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「蛇と老婆の森」

「蛇と老婆の森」

 我が子と信じてヘビを育ててた老婆がいた。森の奥で身を潜めて暮らしている。誰も近寄ることのない、孤独と暗黒が色濃く漂う辺境だった。
 針葉樹が辺りをおおう炭火小屋にて、古びたセピアの写真には、誰だか忘れた見知らぬ青年が笑っている、変わらないままの笑顔が埃まみれで笑っていた。

 我が子と信じてヘビを育てる老婆には、温いミルクを飲めない子供が憐れでならず、二つに分かれた舌を這わせる我が子の姿は不思議

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【覚書】貧しさ、とは。

【覚書】貧しさ、とは。

「もったいない」という言葉をずいぶん見聞きするようになった。なにをもったいないとしているのかまではよく知らない。ひょっとしたら、「持続可能性」であるとか、「サステナビリティ」も含んでいるのかもしれない。
 どれにしてもまるで門外漢だし、そこらあたりで見聞きしてもさして気にはならない。「そういうのが流行ってるのね」くらいに留めて通り過ぎるようにしている。
「もったいない」は、定期的に新しい方法が発明

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「旅の残響」

「旅の残響」

右手に偏見をひとつかみ、
左に理想の旗を掲げる、
流浪のように花を数えて、
昨日までの疲れた足音を背中に聴いて、
痩せっぽちの旅は続く、夏の日の残響だけが海辺に響く、

幾多の独断を英断に思い込み、
尻込みの都度、握れた自由、
漂浪者は途中に絶えた人に手を振り、
明日から聴くだろう嬌声に髪をさらわれ、
痩せっぽちらしく進む、夏の日の残響だけを海辺に聴いて、

花は散る、鳥は立つ、
風は綻び、月は今

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「象の最期」

「象の最期」

暗がりつつあるテントのなかで、
象は初めて暴れることを決意した、
どうしてだろうか、自分の体に纏わり付く金と銀の装飾たちが、
それから前脚の下を転がっているボール、
なんだこれは、なんだここは、

ついさっき、象の体をきれいに撫でた飼育係も、
毎夜のように、象に玉遊びを仕向ける調教師も、
怯えた顔で後ずさる、逃げ出そうと後ずさる、
こんな簡単なことに気がつかなかったなんて、
考えることを知らされず

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「13」

「13」

尊大なる月を見た、外灯下に集う羽虫に寄り添われ、
聖人君子が清々しい間抜けを吹いた、
渇きに渇いてたどり着いた真夜中を、
潤うことなく砂漠を胸にする者たちよ、
いっそのことは漆黒の、闇こそ美しくもある、
息の根、喉から締め上げられよ、
紛いの美談を翳す阿呆よ、

永遠なんぞは永久なる眠りのなかにしかないと、
どうにも気づいてしまった日の昼は、
指折り数え何も持たない、
単なる13歳は渇きに渇いた息

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【追憶】忘れじの人。

【追憶】忘れじの人。

 人は必ず死を迎えるものだが彼女はそれが早すぎた。25になる前だった。
 25で死ぬ人間はあまりいない。でも、死んでしまう人間もいる。
 彼女がそうだった。交通事故。25歳になる誕生日の数日前、肌寒い雨の日の夜だった。

 美しい人だった。
 ファーの帽子をかぶれば冬の妖精に見え、裸足にサンダルを履けば夏の天使になった。 
 色素が薄いのだろう、薄い茶色の瞳は長い睫毛に飾られ、アジア人だと思えない

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【エッセイ】真夏の日々と僕らの映画。

【エッセイ】真夏の日々と僕らの映画。

 遠く遠くへ歩いてみようと試みる。

 ある晴れた土曜の夕刻。
 行きたい場所、行かなくてはならない場所があるわけではなく、ただただ無目的に歩を進めてみたいと思う景色が眼前に広がる。
 その橋は僕が学生のころ、友人と、当時付き合っていた恋人と「映画を撮ろう」と訪れた夏によく歩いた、海に繋がる川に架かる橋だ。
 花火の時速を調べ、真横に飛ばしてそれを後方からクルマで追ってカメラに光をおさめようと毎夜

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「夜想曲」

「夜想曲」

通過する地下鉄は、轟音が残酷そうに洞穴埋める、
右から左、左から右、目だけで追って、
やがて壊れた人形みたいに地上へ這い出す決意をもって僕はゆく、
眠るまでの間と決めて、

届くだろうか伝えられるか、血が滲むほどに唇噛んで、
命乞いして叫んで裂けた喉から鮮血、
倒れた者を見下ろす無名と無名が無名と無名と交錯する、
それらの隣を轟音吐いて貨物列車が夜を弾いて2秒先を貫いてゆく、
そのとき遅れた鳥が割

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