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小説

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自作の小説です。 最近はほぼ毎日、500〜2000字くらいの掌編を書いています。
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#ファンタジー

世界茸(前編)

世界茸(前編)

 命は永遠ではない。

 どんな人間もやがて年老い、病を得て死んでゆく。

 誰もが死すべき運命を知っているというのに、人は同胞と争い、余分な苦しみを自らに課す。

 循環する悪夢の流れに新たな筋道を付け、輪廻から憎しみを消し去れるのなら、この身を捧げ尽くすことなど厭わないというのに。

 朧月が輪郭をなぞるのは老いた手。花の咲く蔓の彫刻が施された椅子の背を撫でる。

 几帳面に並べられた筆記具も

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【小説】赤いドーナツ(生きる意味を探していた話)

【小説】赤いドーナツ(生きる意味を探していた話)

 意味がないことなんてしたくない。

 島のみんなみたいに暇さえあれば歌い踊ることも、魚を食べて息をして命をつなぐことさえも。

「何のために生きてるの?」

 島中の大人に訊いて回ったけれど、まともな答えは返ってこなかった。麓のおばさんは「そりゃ、毎日楽しく踊るためよ」と言い、海辺のおじいさんには「そんなことで悩んでいると若い時間を無駄にするぞ」と諭された。その話を聞かされた時間のほうが無駄だと

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【小説】大いなる砂の民(砂でできたヒトの話)

【小説】大いなる砂の民(砂でできたヒトの話)

 雨が流れていく。

 砂の身体を構成する粒子の隙間から染み通り、無数の小さな川となり、大地を覆う大いなる砂へ。

 少しずつ少しずつ、身体が浸食される。水が粒子を揺り動かし、私の外へと運んでいく。質量がわずかに減った私の意識が拡散する。

「あの……」

 顔に降り注いでいた雨が遮られた。大地に寝転がった私の上に一人の同胞がかがみ込んでいる。

「少し、手を貸してもらえませんか?」

 いいです

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【小説】意味(囚われの人魚姫の話)

【小説】意味(囚われの人魚姫の話)

 水の出ない円形の噴水で、螺鈿細工のような鱗が煌めく。

 王子を誘惑したかどで捕らえられ、脚を奪われた人魚姫は、気怠げに淀んだ水の上を巡り続けている。

 噴水の端には白い壺が置かれている。反対側には黒い壺が。

 人魚姫は白い壺から貝殻を取り出し、噴水の中を這って行き、黒い壷に運ぶ。一度にたくさんは運べない。溜まった水は泳ぐには浅過ぎて、移動のために片手が必要だ。欲張って取り過ぎた貝をこぼせば

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【小説】偽りの詩人(魔王討伐に向かう勇者に同行する吟遊詩人の話)

【小説】偽りの詩人(魔王討伐に向かう勇者に同行する吟遊詩人の話)

 お前の詩には魂がないと、師匠や他の高名な吟遊詩人らからは言われ続けていたが、言葉の糸を編み上げる技術は当代随一と自負していた。

 王子に随行する吟遊詩人として選ばれ、正直なところ俺は鼻高々であった。魔王を討伐し、近年活動を活発化させていた魔物たちを制圧すれば、王子は国を救った勇者として讃えられるだろう。そして俺の詠う英雄譚が、国の歴史として永久に刻まれることになる。師匠らを見返し、俺の名を轟か

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【小説】陶器の馬(無自覚な力と、抑圧される恐怖の話)

【小説】陶器の馬(無自覚な力と、抑圧される恐怖の話)

 前の住人が子供部屋に残していった私を見つけた彼は大喜びした。真珠のような柔らかな艶のある、陶器でできた馬。彼は私を新しい土地での最初の友達にと望み、私は彼の希望に応えて動くことができるようになった。

 引っ越したばかりでまだ友達もいなかった彼は、学校から帰ってくるなり部屋にこもって私と遊ぶようになった。彼が来るまで窓辺で寂しく埃をかぶっていた私は、また子供の遊び相手になれることが嬉しかった。

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【小説】薄明の民(二元論的共同体と、どちらにも属せない者の話)

【小説】薄明の民(二元論的共同体と、どちらにも属せない者の話)

 乾いた枝の爆ぜる音。煙の匂い。

 本能が危険を告げ、枯葉の寝床の上で飛び起きる。枕元の剣に手を伸ばし——その柄に触れることなく、上着の肩を手繰り寄せた。

 まだ小さい炎を飛び越え、根城にしていた木のうろから出た。

 暗い森の中、額に宝石質の角を持つ太陽の民が、角を持たない月の民に囲まれてこちらを睨みつけている。

「選べ。覆いを捨て太陽の栄誉を受けるか、角を捨て月の下に降るか」

 新月の

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【小説】四本目の道(この世とあの世がうっかりつながっちゃった話)

【小説】四本目の道(この世とあの世がうっかりつながっちゃった話)

 僕の家の前は三叉路になっていて、玄関を出て左へ向かう道と奥へ向かう道の間の股の部分には石像があった。別に全然立派なものじゃなくて、風化してざらざらになった石にお地蔵さんみたいな人の形が浮き彫りにされた、小さな道標みたいな岩だ。ばあちゃんはその石をサエの神様と呼んで、水やお菓子を供えて毎日拝んでいた。

 ばあちゃんが熱心に話しかけるそれが僕には何だか気味悪く思えて、あんな古い像なんかなくなっちゃ

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【小説】蝕の月(男女二人のかぐや姫がいる竹取物語)

【小説】蝕の月(男女二人のかぐや姫がいる竹取物語)

 むかしむかし。

 おじいさんが切った光る竹の節の中には、小さな美しい子供が確かに二人いた。なのにおじいさんが急いで家に帰ってみると、懐の中には一人の姫だけがぽつんと残されていた。

 おじいさんとおばあさんはその不思議な子を「かぐや」と名付け、何か高貴なお人に違いないと大切に敬って育てた。かぐやはある時は女の子で、またある時は男の子だった。おばあさんは男のかぐやを「王子」、女のかぐやを「姫」と

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【小説】逆さまの日(真夜中の会社がカオスで猫かわいい話)

【小説】逆さまの日(真夜中の会社がカオスで猫かわいい話)

 はっと目覚めて枕元の時計を見る。七時十五分。やばい。遅刻だ。

 普段の三倍のスピードで歯を磨いて顔を洗って髪をとかす。ろくに鏡も見ずにファンデーションとチークとアイシャドウと口紅を載せる。「化粧した人」という属性が付けばそれでいい。

 クローゼットの手前のほうにあった服を適当に着て、駅へ走る。いつも同じ方向に向かっていく人たちの姿が今日は見えない。そんなに遅くなってしまっただろうか?

 息

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【小説】月夜の祝祭(眠れない夜の密かな集会の話)

【小説】月夜の祝祭(眠れない夜の密かな集会の話)

 満ちた月が冴え渡る夜は祝祭が開かれる。

 密かにベッドを抜け出して、灰猫と並んで影を伝い、黒い炎のように揺らめく小さな森へ。アスファルトと湿った腐葉土の境目をまたぐと人の世界は遠のく。

 朽ちた切り株を青白い月光が照らす。暗がりから現れる、人と獣の狭間にあるもの。この世にもあの世にもいないもの。手を取り合って回る。ぐるぐるぐるぐる回る。内と外を隔てる膜が溶けるまで。

 そうして我々は一つの

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【小説】一周目の私を(新入社員が入ってきたと思ったら数年前の私だった話)

【小説】一周目の私を(新入社員が入ってきたと思ったら数年前の私だった話)

 年度末の事務処理をやっつけた後、虚脱感と共に新年度がやってくる。

 社長の語るビジョン。掲げられた理想は分解されて売上という測定可能なものに平板化される。億なんて数字を聞かされたって私に関係があるとは思えない。先週よりも五円高いもやしが私のリアリティだ。 

 年度が変わったからって別に新たな気持ちになんてならない。昨日までと同じように淡々と仕事をこなして、面倒事は避けて、さっさと家に帰る。明

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