こんな情緒不安定な時、希死念慮はとてつもなく力を増す。そのことしか頭にない。そしてなにもできずにひたすら泣き続ける。でも、誰になんと言おうとも自ら実行しないと願いは叶わない。なんて残酷なのだろうと思う。ひたすら自分を責め続け、孤独で無力であることが悲しく虚しい。生きる価値ない私。
ほんとうは、ほんとうはきっと『死にたい』という気持ち、希死念慮とさよならして、生きたい。楽しくなんて贅沢なことは言わないから、生きるのが苦痛で仕方ないと思いながら生きるのはもういい加減疲れた。『希死念慮』を身にまとっている自分。これと離れられないなら、人生とさよならしたいんだ。
ゆめいっぱいの「なりたい自分」を書き終えた翌日、消えたさいっぱいでどうしようもない自分。もはや自分がなにを考え、なにを望んでいるのかすらわからない。色々とやりたいことはあったはず、好きなことだってあるはず。それらへの興味はどこに消えた。自分の感情と気力はどこに行っちゃったの。
自分が生きていることが悪。のようだ。自分が生きていることに罪の意識を感じる。自分の心臓が動いていることが憎い、止められないことが悔しい、そして涙も止まらない。 生きていてごめんなさい。 そんな言葉しか思いつかない。そんな時は決まって夜、だったりする。 孤独に泣く。死ねたら楽かな。
とことん、自分なんかいらない、自分も生きることを望んでないしなんなら苦しくてたまらない。だったらこの苦痛な時間は誰にとっても無意味。よくなる見込みもない。それなのに、そう簡単に終わらせることができない。自分にあと少しの勇気と行動力さえあれば、全てが終わるのかと思うと余計情けない。
何も理由はないのに、突然どうしようもなく消えたくて涙が止まらない時がある。夜、薬も飲んで電気を消した後とか。どんなに泣いても涙は溢れ続けてとまらない。こんな時間に話せる人もいない。かと言って自分で何かできるわけでもないから人生も苦しみも終わらない。何時間も泣くだけ。そんな孤独な今
悔しい。私はわりと逃げずに生きたつもり。頭の回転が間に合わなくて、周りに冷めた目で見られても、なるべく逆恨みもせずなるべく人には優しくしたいって思ったし、 自分を変えて必死で社会に合わせて働いてた。それが自分を壊した原因だとわかって今やっと許されてるのに、それでもまだ足りない?
最近吐き気が酷くて、つらい、そのせいで寝れないし、頭痛も酷い、吐き気がすると死にたくなる、鬱になる、吐いて楽になりたいけど、嘔吐恐怖症だから楽になれない、辛いもうやだ、処方された薬も中々聞かない、やっぱりしっかり大きい病院行って検査してもらうしかないらしい、病院嫌いだからやだな