苦渋の選択 弟宇迦斯 神様も“失敗”して成長した ことの葉綴り。二〇六

兄宇迦斯(えうかし)の謀略

こんにちは。連休はどうお過ごしでしたか? 私は昨日からお仕事です。今日も仕事の合間に「ことの葉綴り。」に向かいます。

天孫の御子の伊波禮毘古の苦難続きの東征。
兄を失い、“人生(神生)”のどん底を味わいながらも
天照大御神さまはじめ天つ神の御こころと、
地上での国つ神との新たな出会いにより
大和を目指して進んでいきます。

熊野の山中、吉野の山
そして、宇陀にはいく

もっとみる
感謝です。感謝の”倍返し”をしたい幸香より
7

お彼岸の意味 秒速でわかる神道

日本の心

秒速でわかる神道のおはなし。 

「我が国を、愛する理由。」

それは、
ご先祖さまが生きてきた国だからです。

神道は、「ご先祖をうやまう」
という伝統の精神が伝わっています。

今日は秋分の日
お彼岸です。

彼岸とは、
川の向こうの世界を、いいます。

本日は、
ご先祖を偲ぶ(しのぶ)日ですので、

できることなら、
お墓参りにいってください。
お墓参りに行けない人は、
心のなか

もっとみる
やる気がでましたありがとうございます
3

独神(ひとりがみ)と神々のジェンダー(『古事記』通読⑩)ver.1.21

■ウマシアシカビヒコヂの神その4(その3はこちら)(その2はこちら)(その1はこちら)
宇摩志阿斯可備比古遅神(ウマシアシカビヒコヂの神)に関する5つの疑問のうち、ようやく最後の疑問まで来ました。

これまでの疑問に対して、簡単に振り返ってみます。

1.国がまだ若い段階とはどういうことか?
⇒将来神々が住むべき、まだ固有の土地となっていない未実現の場所のこと。国生み前の国だから、国土としての実態

もっとみる
ありがとうございます!理解者に出会えて大変嬉しいです!!
3

神道の新しい方向 ——折口信夫

昭和二十一年六月二十三日、第一放送。

 昭和二十年の夏のことでした。
 まさか、終戦のみじめな事実が、日々刻々に近寄つてゐようとは考へもつきませんでしたが、その或日、ふつと或啓示が胸に浮んで来るやうな気持ちがして、愕然と致しました。それは、あめりかの青年たちがひよっとすると、あのえるされむを回復するためにあれだけの努力を費した、十字軍における彼らの祖先の情熱をもつて、この戦争に努力してゐるのでは

もっとみる

かみさまは、ちゃんとみているよ

私は
身体も強い、心も強い、
絶対負けないものをもっている!

揺るぎない信念のもとづいて生きている!

というふうに、

私は
自分で常に
自分が強い!と
思い込みます。
そうすることで、
本当に強くなれます。

そして、
ふと考えたんです。
私をを強くしているもの、
自分が一番成長できることってなにかな?と

筋トレ?
剣道?
読書?
仕事?

まぁどれも、成長させてくれるものですけども

もっとみる
読んでくださりありがとうございます✨
6

一難去ってまた一難? 神様も“失敗”して成長した ことの葉綴り。二〇五

熊野から吉野、岩山を越えて。

こんにちは。今日も午後から「ことの葉綴り。」に向かいます。

天孫の御子の伊波禮毘古の苦難続きの東征。
地元の豪族の攻撃を受け、兄を失い、“人生(神生)”のどん底を
経験します。
けれど、高天原からの助けと、地上の新たな出会いにより
難を逃れることができました。

そして神の使いの八咫烏を先導にして、伊波禮毘古たちは熊野から吉野へと、仲間を増やしながら大和を目指して

もっとみる
幸香です。いつも読んでくださり、感謝です
9

民族教より人類教へ ——折口信夫

昭和二十二年二月二日、神社本庁創立満一周年記念講演会筆記。

 神道にとつては只今非常な幸福な時代に来てゐる。かういふ言ひ方は決して反語ではない。正しい姿を今まで発揚しなかつたのを、今になつて発揚させようとする希望が湧いて来てゐるからである。
 人類教と民族教とのお話をするのは他の宗教を圧倒せんとしてるるのではない。神道を世界に広めるのは世界を征服せんとしてあるものではなく、そんな考へは偶、先輩の

もっとみる

運の底の後に… 神様も“失敗”して成長した ことの葉綴り。二〇四

ピンチこそ好機がくる

こんにちは。気温が下がり過ごしやすくなった長月。
休日も「ことの葉綴り。」に向かいます。

天孫の御子の伊波禮毘古は、国を安らかに平定するために、
九州の高千穂から十六年の歳月をかけて、紀州にたどり着きました。
兄の五瀬命を失い、熊野では、生死をさまよふ艱難辛苦の旅。
そのまま高千穂にいれば、天孫の御子として悠々自適だったかもしれません。
けれど、御子としての使命、志のため

もっとみる
感謝です。感謝の”倍返し”をしたい幸香より
12

超宗教としての神道へ ——中沢新一

敗戦のちょっと前に、折口信夫は牧師のグループに呼ばれて、話をしにいったことがある。キリスト教の牧師たちは、戦争の間じゅう、ずっと肩身の狭い思いをしていた。そこで牧師たちは、神道の有名な学者を呼んで、話をしてもらうことにしたのである。おたがいを宗教同士として、認めあうことによって、息詰まった状況の中で、少しでも風通しをよくしたい、という考えだろう。旧約聖書の記述の中には、記紀の神話とそっくりのものが

もっとみる