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短編小説/1万字以上の猛悪凶徒

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文字数1万字以上に渡り、非道を極め尽くした『短編小説』どもを収容するための監獄です。 筆者も力作だと戯言を申しております。
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記事一覧

【短編小説】フライト心中

【短編小説】フライト心中

 どこまでお話ししましたかな。
 ああ、そうそう、家内の話だ。よく出来た家内でしてねえ。二十歳も離れているのに、落ち着いた気品があって。私がまだ現役でパイロットをしていた時なんかは、「今日は夜間飛行だから帰宅は深夜になるよ」と伝えて家を出ても、帰れば必ず飯と風呂を用意して「お帰りなさい」と迎えてくれました。たばこを出せば横からスッと火をくれて、私のつまらない世間話に黙って頷いてくれる。たまに酒に酔

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【短編小説】ポリごんの手口

【短編小説】ポリごんの手口

 目前を快速電車が線路を蹴るような乱暴な音を立てて通り過ぎていく。
 この荒々しさにして、快速、などという涼し気でスタイリッシュな単語は図に乗っていると思わざるを得ない。速、はまだいい。快、はない。音だけなら暴走列車と聞き違えるほどの武骨なけたたましさでありながら、自分を快いと名乗るのは買い被りすぎだろう。
 そうだ。何よりも、この線路を向こう側でせっせと生きるホームレスたちを軽蔑している。
 全

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【短編小説】マスオ

【短編小説】マスオ

 月曜日が、来る。
 成人式の記念品でもらってから6年間も働いてくれているデジタル目覚まし時計のライトを、私は叩いて点ける。窓の外に見える街の日曜日の夜よりもずっと暗い部屋に、たったひとつだけ灯る緑色の光。
 あと1時間13分4秒、3、2、1。
 あと1時間12分で、月曜日に曜日が変わる。
 そしたら、会社に行かなければならない。最寄りの駅まで自転車で向かって、満員電車に揉まれて乗り換えを2回して

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【短編小説】安里博士の昆虫記

【短編小説】安里博士の昆虫記

 恐らく、遠くも近くもない未来の話。
 科学の発展は著しく、令和大学は『人間の身体は知能を低下させることなく人差し指ほどのサイズにまでミクロ化が可能である』という論文を発表し、学会では医療分野への実用化は99%成功可能との見解を大々的に述べた。翌年には、研究チームのリーダーが史上最速でノーベル科学賞を受賞し、そのSF的な発表は巷でも時の話題となってSNSを埋め尽くした。一般人にとっては、ひと昔前の

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【短編小説】治安の悪い街

【短編小説】治安の悪い街

【一】

 全てのものには、意思が宿っている。父の教えだ。
 生まれたらからには皆幸せになりたいのだから、皆の幸せを願いなさい。これは母の教え。
 要するに、両親の考えを合わせたら「この世のもの全ての幸せを願え」ということだ。
 人間にも、犬にも、猫にも、木にも、土にも、風にも、意思があってそのどれもが幸せになりたがっているという。
 だったら、この寒風は何を想って、僕の冷や汗を引っ掻くように吹き

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【短編小説】概念と暮らす

【短編小説】概念と暮らす

 何もない夜。
 アパートの2階の天井を、鉄筋仕様であることをもろともせず易々と突き抜けて、熱い煙を噴射しながら頭大の何かが降って来た。電子レンジで解凍したうどんに昨日余らせていたカレーをかけただけの、カレーうどん未満の食べ物を夕食にしている最中の出来事だった。
 何かが床にめり込んだ風圧でカレーを載せた皿がひっくり返って、私のシャツに飛び散った。でも、お気に入りのシャツが汚れたことよりも、目の前

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