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ゲンバノミライ(仮)

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被災した街の復興プロジェクトを舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。※完全なるフィクションです。実在の人物や組織、場所、技術な…
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#工事現場

ゲンバノミライ(仮)第50話 時代遅れの朝子さん

ゲンバノミライ(仮)第50話 時代遅れの朝子さん

「こんにちは。注文の品をお届けにあがりました」
最後の品が来た。予定よりも少し遅い。急いで袋詰めをやらないと間に合わない。
「はーい! 向こうの会議室に運んでください。一緒に行きますね」
この街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)で事務職員として働く明石朝子は、大きな声で返事をして立ち上がると、配達に来た酒屋の平川哲也と一緒に会議室へと急いだ。

今日の夕方、全

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ゲンバノミライ(仮)第44話 空調設備の岩井さん

ゲンバノミライ(仮)第44話 空調設備の岩井さん

美しい空気は美しい配管から流れていく。名言とかではない。本当にそうだと思っている。

岩井美咲は、空調設備工事会社の技術者として、多くの建築物などを手掛けてきた。

空気は、温度や湿度、清浄度などいろいろな要素で管理されている。浄化して適切な温度に調整した空気が部屋に届き、部屋の中の空気を吸い込むことで、コンクリートなどで覆われた室内が快適な状態に保つのだ。そのために、天井裏や屋上、壁の裏側などに

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ゲンバノミライ(仮)第39話 くみ取りマスターの政さん

ゲンバノミライ(仮)第39話 くみ取りマスターの政さん

嫌がられる仕事ほど大事な仕事。そう思って、ぐるぐる回っている。
斉藤政行は、し尿の一般廃棄物収集・運搬の許可業者の社員として働いている。仮設トイレの処理や、浄化槽の清掃などを手掛けている。

「無理言ってすいませんでした。いやあ、来ていただいて助かりました」
「いえいえ、構いませんよ。いつでも呼んでください」

この街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)から呼ば

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ゲンバノミライ(仮)第30話 道路屋の友哉くん

ゲンバノミライ(仮)第30話 道路屋の友哉くん

すべすべとした滑らかな表面。太陽の光が当たると、てかてかと輝くように見える。

美しい。
きれいだね。
そんな風に声を掛けたくなる。

でも、それだけではない。
年月が経てば、何度も何度も踏みつけられて、汚れてきたり、ブツブツが出てきたりもする。それは致し方ない。
生まれたてのきれいな姿も好きだけれど、頑張ってきた証が年輪のように刻まれた表情には、別の美しさがある。
頼もしくも誇らしい。

何十年

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ゲンバノミライ(仮)第29話 未完成の吉本さん

ゲンバノミライ(仮)第29話 未完成の吉本さん

「自分のために」だけじゃ、正直しんどい。
年月が経った今、そう思う。
「何のため」なら良いのだろう。

吉本奈保の朝は早い。4時に起きると、着替えや身支度をして朝ご飯を準備する。すぐに食べると昼まで持たないので、まずはお預け。2時間ほど机に向かって大学受験の勉強をする。帰宅後の2時間を合わせても1日4時間しかない。現役高校生や浪人生に比べると全然少ない。地道に続けて、追いつかないといけない。
7時

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ゲンバノミライ(仮)第28話 境界線上の森田社長

ゲンバノミライ(仮)第28話 境界線上の森田社長

ようやく最上階まで立ち上がってきた。設備や内装の工事はこれからなので完成にはまだ時間はかかる。最初の1棟ができても、周辺は更地のまま。だが、復興に進んでいることが見えてきただけでも大きな進歩だ。

森田真知子は、復興プロジェクトを包括的に手掛けるコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)の下請企業で社長をしている。3代目続く小さな総合建設業の会社として若くして家業を継いだ。社長としての肩書

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ゲンバノミライ(仮) 第24話 事務職員の村上さん

ゲンバノミライ(仮) 第24話 事務職員の村上さん

「ねえ、ちょっといい?」
村上希美は、隣に座っている明石朝子から声を掛けられた。

「あ、はい。何でしょうか?」
「人事評価のやつ、もう書いた?」
「あれ、今週が締め切りでしたね。忙しくて、まだ手が回ってないんです。どうかしましたか?」
「こういうのすごく苦手で、どういう風に書けばいいのか分からないの」

いつものように人懐っこい笑顔で話してくる。この人は、こうやって今までも切り抜けてきたのだろう

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ゲンバノミライ(仮)第2話 鉄筋屋の坂下職長

ゲンバノミライ(仮)第2話 鉄筋屋の坂下職長

このくらいの子どもを見ると、息子がまだ小さかった頃を思い出す。

被災地に働く今は単身赴任が続いているが、それまでは息子と二人で一緒に暮らしていた。小学生くらいまでは現場にもたまに連れてきていた。今は現場見学会のようなイベントのタイミングでなければ許されない。おおらかな時代だった。

今日は、現場近くの住民を招いたバーベキュー大会。

「おじさんは、どんな仕事をしているの?」
「先っちょがとがった

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ゲンバノミライ(仮)第1話 警備員の山さん

ゲンバノミライ(仮)第1話 警備員の山さん

第1話 警備員の山さん

「ちょっと待ちなさい! みんなが付けなさいって言っているじゃないか!」
「なんでそんなこと言われなきゃいけねえんだよ!」

よりによって、うちの前でやり合わなくてもいいのに…、とは思わなかった。20メートル先の路上だったら、警察のような人間でしか介入できない。でも、ここは公道だが、現場の前だ。通学の見守りを終えて家路に向かう途中に顔なじみの老人が、口論する二人に怪訝なまな

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はじめに

はじめに

とある建設工事を舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。現場は常に動きがあり、仕事に従事する人や作業内容は日々、そのやり方や在り方は徐々に変化していきます。完成は区切りではありますが、利用という意味では始まりです。喜ばれ、時には批判や反感を呼び、逆に想定外の場面で有難がれ、延命作業を受けながら、静かに朽ちていきます。

現場の仕事の先にある意味や出

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