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読後感を保証するコラム

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ハッピーエンド至上主義者による、絶対上向きにおわる話。後味だいじ。いちばんだいじ。
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宇多田ヒカルのwait&seeは、何を待ってほしいのか。

宇多田ヒカルは18歳のころ、wait&seeでこう歌った。
「変えられないものを受入れる力、そして受けいれられないものを変える力」がほしい。
変えられない。受入れられない。でも飲みこまないといけない。そうじゃないと前に進めない。
苦しい、行きたい、行かないと。
この曲の旋律は、じりじりと息苦しいまでの、焦燥感にみちている。
wait&seeというタイトルも、「待って」といっている。
ちょっとだけ待

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おめでとうの七つの味。思いついて通っただけの道場で聞く、おめでとうの味わい。

おめでとうの七つの味。思いついて通っただけの道場で聞く、おめでとうの味わい。

おめでとうには、七つの味がする。
単一の味だったはずのおめでとうは、人生が展開してゆくにつれて、味わいを変じてゆく。
だれかには甘くても、だれかには苦くて、その場にいるだれもが一色に染まることはない。
あの人には酸いだろう。遠目に見て思う。どういう気持ちで聞いているのだろう。
目を向けても笑っている。大人なのだからそうだろう。お酒をのんで笑うしかないだろう。
やけ酒なのかも、こころから喜んでいるの

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憧憬は鎮火しないので、子どものころ憧れたことは、いつでもさっさとはじめたほうがいい話。合気道はじめました話。

憧憬は鎮火しないので、子どものころ憧れたことは、いつでもさっさとはじめたほうがいい話。合気道はじめました話。

記憶にあるかぎり、これほど嬉しい買物はなかった。
というくらい、目のくらむような体験だった。
合気道はじめて半年強、やっと買った。道着。
道着着て寝たいくらいオーバーランしてる。気持ちが。

別に入門後すぐ買ってよかったし、男性はわりとすぐ買うし、逆に同期のなかでいちばん遅かった。
師範八段に「お前まだ買ってへんのか」といわれて、道着をもってこられて「着てみい」と、サイズをあてられてやっと、
――

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アンドロイドは電気羊の夢を見る。人間にもスリープボタンがあればいいと、Siriはいう。

アンドロイドは電気羊の夢を見る。人間にもスリープボタンがあればいいと、Siriはいう。

わたしは妄想族である。彼我のさかいを、意味なくこえる。ひんぴん、時空のはざまに漂いでる。
いまは特に、かぜをひいているので、朦朧としている。
その茫漠に、おぼろに浮くものがある。
 
 目のまえに、おりたたんだハガキがみえる。シャーペンの文字がこすれて流れている。トメやハネがしっかりでている。これは知っている。高3のときのだ。
字を読もうと思うと、ひとりでに浮いてきた。ひらがなのかたちが見える。

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おとなになってからの友情はありえるのか。平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」

おとなになってからの友情はありえるのか。平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」

まだまだ若いラグビー界の伝説が、ある日突然、末期ガンになった。
高校時代、その伝説にあこがれたノーベル賞受賞者が、医師として、親友として、その最後の挑戦を見届ける。

この文言だけを読んで、想像する内容そのままの本。
文面がやわらかく、暴力的なところも、血をふりしぼるようなところもなく、終始、淡々としている。

おとなになってからの友情はありえるのか。
悲劇をまえにして友情は、美しいままでありえる

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燃えあがるノートルダム寺院をかこった市民たちが、アヴェ・マリアを歌っているというニュースを聞いたとき。

燃えあがるノートルダム寺院をかこった市民たちが、アヴェ・マリアを歌っているというニュースを聞いたとき。

ぞくりとした。
あまりに絵画的だった。
伝統的といってもいい。
中世ヨーロッパのできごとかと思った。

ノートル=ダムとは、わたしたちのマダム、すなわち聖母マリアを指す。
聖なるマリア寺院が、炎にのまれて、うち崩れてゆくさまを、民衆がとりかこむ。
聖歌をうたいながら。
マリアを祝福する歌をうたいながら。
教会のステンドグラスにでも、ありそうなモチーフである。
しばらくすると、教会史として絵画になる

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悲しむなかれ、我が友よ。旅の衣をととのえよ。遠き別れにたえかねて。惜別の歌。

悲しむなかれ、我が友よ。旅の衣をととのえよ。遠き別れにたえかねて。惜別の歌。

かなしみセンサーの鍛錬に余念がない、切なさ向上委員会のみなさま。
そう、あなたです。
だいたいこのタイトルを聞いただけで、ピンときますね。
きっと戦争だ。
あたりです。
友にわかれを告げるだけで。旅支度をするだけで。
出征する学友の、若いまなざしが、胸を去来します。
かなしい旋律シリーズ、つづきます。

惜別の歌は、一番はこう。

遠き別れに たえかねて
この高殿に 登るかな
悲しむなかれ 我が友

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花のようなる秀頼さまを、鬼のようなる真田がつれて。この戯れ歌にこめられた願いの色

花のようなる秀頼さまを、鬼のようなる真田がつれて。この戯れ歌にこめられた願いの色

かなしい旋律シリーズ。

大坂城、落城。
落城という響きに、哀感がないわけがない。
落つるは、涙か。流るるは、血か。
それでも、いのちまではとられなかった。ひとはそう思いたい。
秀頼は死ななかったのだ。落ちのびたのだ。
歴史の舞台には、もうもどってこないのかもしれない。
政争に負けたのだ。
ふたたび、頭上にいただくことはない。
それでもかまわない。
生きていさえいれば。

花のようなる秀頼さまを

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Groria In excelsis Deo

Groria In excelsis Deo

小学校のころよく読んでいた作家は、いま思えば、尋常でなく旅好きだった。
3か月くらいに1冊、新刊がでた。
新刊の物理的魅力は、とほうもなかった。
このなかに、あたらしい物語がつまっている。
ためいきがでる。
ななめにして、つやつやと光る、キズひとつない表紙を愛でる。
カバーをもどして、本編をごっそりめくる。

まず、あとがきを読んだ。
はやる心をおさえる。
いきなり滑るところぶので、まずは準備動作

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へこんだときにおすすめの本。スパダリにしか見えない空海のイケメンっぷり。夢枕獏の「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」。

へこんだときにおすすめの本。スパダリにしか見えない空海のイケメンっぷり。夢枕獏の「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」。

大学のころに作った、「おちこんだときに読む本リスト」が、発掘された。
しかも、せっせとコピーをとっていた。
殊勝なことに、コピー用紙をまとめて、手とじ本にしてあった。
失敗したホチキスの穴があいている。
手折りしたところに、手あかがにじんでいる。
いじましい。
しんみりきて、思わず手にとった。

会話文からはじまっている。
空海と、橘逸勢が話している。
ときは、平安時代、ところは、唐。
当時、世界

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口紅ひとつ

口紅ひとつ

うちは自営業なので、おそうじのおばちゃんがいた。
高校生のころだったか、あたらしくきたおばちゃんは、ほぼ初対面で、「離婚したの。熟年離婚。いま流行りの」という。
それまで専業主婦で、子はなく、自分の葬式費用くらいはためたくて、きたらしい。
 
自分の葬式費用!
十六やそこらの高校生には、なかなかパンチのあるひとことだった。
 
はじめての給料日らしかった。
おばちゃんは、給料袋からさっと千円札を二

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あたしメリーさん。すこし足が悪いの。リアルにあった怖い話。引越したいです。

あたしメリーさん。すこし足が悪いの。リアルにあった怖い話。引越したいです。

みなさまにご相談があります。

こないだ、夜23時ごろ、いい感じにほろ酔い加減で帰路についておりました。
まだまだ客引きのいる最寄り駅で降りて、若いミニスカ女性も余裕であるいているにぎやかな大通りを北上して、一本、奥に入ります。
そこからはぐっと人通りが減るけれど、おかげで窓を全開にしていても車の音ひとつしないすばらしい立地の我が家へ向かっておりました。

そこでなにげなく電信柱へ目をやると、酔い

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取引先が夜逃げをした、という実話に、この平成末期にふつうに遭遇した。

取引先が夜逃げをした、という実話に、この平成末期にふつうに遭遇した。

どうやら逃げたらしい、と、電話口がいった。
びっくりして聞き返した。
逃げたって?
2日に1回、うちの会社にきていた取引先さんが、行方不明になった。どの電話にかけても「現在使われておりません」になる。同業他社さんに聞くと、どうやら破綻したらしい。

いまから思えば、予兆はあった。
ここ2週間くらい、連絡なくこないことがあった。そんなことは、いままで一度だってなかった。かならず、つぎに来る日をつたえ

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謎は謎のままでずっとずっと魅力的だった。切り裂きジャックとアナスタシアとカスパー・ハウザー。

謎は謎のままでずっとずっと魅力的だった。切り裂きジャックとアナスタシアとカスパー・ハウザー。

切り裂きジャックが判明したと、メディア記事がでていた。
(ただし信憑性は不明)

ときは、19世紀、蒸気と石炭のロンドン。
既存の富はかたむき、あらたに成金があふれ、クジャクのように社交界になだれこんでいた。
ねずみのように貧しい孤児たちは、煤だらけで炭砿にたむろする。
世紀末ロンドンの貧民街に、連続殺人がおこる。
その身を散らしていくのは、街角にたつ売春婦たち。
えぐられた内臓、のこされた血文字

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