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おとなになってからの友情はありえるのか。平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」

まだまだ若いラグビー界の伝説が、ある日突然、末期ガンになった。
高校時代、その伝説にあこがれたノーベル賞受賞者が、医師として、親友として、その最後の挑戦を見届ける。

この文言だけを読んで、想像する内容そのままの本。
文面がやわらかく、暴力的なところも、血をふりしぼるようなところもなく、終始、淡々としている。

おとなになってからの友情はありえるのか。
悲劇をまえにして友情は、美しいままでありえるのか。
利他の精神は、極限状況のなかで、伝染しうるのか。
仁徳をたたえられたひとは、人生に期限を切られたとき、立派でありつづけられるのか。

このあたりの疑問に、こたえをくれる。
こたえは、是。
是でないと、こういった本にはなれず、自明だろうから、ネタバレします。
是です。
ほんとうだろうか。
はたしてそういうことが可能だろうか。
美化していないだろうか。

書き手は、山中先生で、先生の筆致は、おだやかでやわらかい。
先生は、十代のころにラグビーをやっていて、そのとき平尾さんは、日本のラガーマンの、まぎれもないヒーローだった。
かといって、その筆致には、あおるところもない。
泣かせようとする演出もなく、崇拝を感じさせるところもない。
そのなかでも一貫して、もれた液体が浸潤するようにつたわってくるのは、平尾さんの横顔である。

偉大なひとは、その背中で、家族になにかをのこす。
交流のあった生身のひとに、思い出と動機づけをのこす。
では、それだけなのだろうか。
どれほど偉大な内面をもっていたとしても、そこまでしか伝播しえないのだろうか。
人格を磨ききったとしても、そこで絶えるのだろうか。
平尾さんご本人の本からは、内面の機微を、それほど繊細に描写しうるひとではなかったようにみえた。
たとえば、こんな文章。

ラグビーボールが今も楕円形なのは、世の中というものが予測不可能で理不尽なものだから、その現実を受け入れ、そのなかに面白みや希望を見出し、困難な状況を克服することの大切さ、素晴らしさを教えるためではないだろうか(『理不尽に勝つ』)

おそらく、強大なひかりのまえに、足もとにおちる影は暗かったのだろう。
理不尽のまえに膝を折ったことも、予測に反して暗雲たれこみ、なみだをのんだこともあったんだろう。
ことばのならびからは、感情のひだひだは、読みとれない。想像するほかない。

それでも、この本からは、人間のもちうる、もっとも貴い感情がみちあふれている。
小春日和の木洩れ日のように、時間をとめてしまいたい衝動にかられる、なにかがある。
山中先生からも、ご家族からも、暗闇にうごめく影を感じない。
本のなかには、ただ、願いと、そのために果たすことへの軽やかさと、それでもかなわなかったことへの、名残りがういている。


読後感がいいものを読みたい方におすすめです。
わたしは、奥様のインタビューですでに泣きました。


以下は、蛇足ながら、思わずメモしたものを引用。

(対談のうち、山中先生のせりふ)
「研究者には才能のある人、ない人っているんですか」と訊かれることがありますけど、あるとしたら、どれだけ実験するか、実験の結果をいかに謙虚に受け止められるか、っていうことじゃないですかね。
 たとえばその方のように、足つぼマッサージで ALS の進行が止まった患者さんがいる。それを「科学的にあり得ない」と思ってしまったら、もう、そこまでですよね。本当に足つぼマッサージが効いたのかどうかわからないですけど、事実としてそういう人がいるのなら、それはそれで 真摯 に受け止めて検証するような実験をしていくのが、研究者としての才能かもしれない。「常識を疑う力」と言えばいいでしょうかね。
 人間のすべてを百としたら、僕らが知ってるのは多分、よく言って十ぐらいです。あとの九十はわからない。ある治療法について、「これで病気が治るわけがない、そんなの絶対に無理や」と決めつけられるほど、わかってないんです。
 だって、 iPS 細胞ができたこと自体が、普通の考えやったら「絶対無理や」と言われていたことですからね。それができましたから。まだまだ人間にはいろんな可能性があるということですよ。

蛇足ついでに、さらに蛇足。
山中先生も、愛読書として『仕事は楽しいかね?』を挙げておられます。

「僕、アメリカから帰って、一時いろんなことがうまくいかない時期があったんです。 アメリカの研究環境は素晴らしくて、なにごとも分業化が進んでいて研究費は潤沢だし、仲間とディスカッションすることで自分の研究を評価することもできたんですが、日本に戻ってしばらくは一人で研究をしていました。それまでやったことがない実験用のマウスの世話も、当然、全部自分でしなきゃいけない。誰かと研究のことで議論する機会もないし、研究費もない。毎日毎日、マウスの世話をしながら研究するうちに気持ちがどんどん落ち込んで、研究者としてやっていく自信をすっかりなくしてしまったんです。そんな時にこの本を読んで、「ああ、そうか」と腑に落ちることが多かった。すごく影響を受けてます。

ノーベル賞受賞者が!と思うと、読みたくなるこの本。

▼そのまえに本書を。平尾さん、才能は非凡で、人格もまばゆく、イケメンで、家族仲もよくて、実在を疑うレベルの存在ですね…


▼つづきがあったの、知らなかった。表紙かわいい。


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