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読後感を保証するコラム

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ハッピーエンド至上主義者による、絶対上向きにおわる話。後味だいじ。いちばんだいじ。
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記事一覧

食堂のおっちゃんは、パスワードをわたしに聞いてくる。知らんがな。そして訃報。

食堂のおっちゃんは、パスワードをわたしに聞いてくる。知らんがな。そして訃報。

職場の調理師のおっちゃんは、食堂がしまっているとき、たまにおべんとうをくれる。
「家族4人分つくるのも、5人分も変わらん」と毎回いう。
「ありもので作ったからな」と、「男のまかない飯やで」も、毎回つけてくる。
ななめ下を見たまま、ほほえみもなく、レジ袋に入ったタッパーを手渡して去る。
ことばも、いい方も、語尾もあらい。
ぶっきらぼうで、責めているようにも聞こえる。
映えなんて気にしないお弁当は、た

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シンデレラタイムをすぎてから使う魔法について

シンデレラタイムをすぎてから使う魔法について

わたしたちが幼かったころ、祖父母はすぐ、あがなおうとした。
じっと見つめていたり、興味をもったものがあれば、すかさず言った。
「ほしいんか」
甘い声だった。
あわてて首をふる。
もの欲しげだったのかと、恥ずかしかった。
そんな卑しさを、だしてはいけない。
ものをほしがるのは、下の下だ。
そう思っていた。

祖父母は、どこかに連れていってくれるたびに、かならずなにかを買ってくれようとした。
おみやげ

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合気道場はいくつになっても、青春を現出してくれる夢の国だということを、道場を変えるときに思い知った話。

合気道場はいくつになっても、青春を現出してくれる夢の国だということを、道場を変えるときに思い知った話。

短冊が、目の前にぶらさがっている。
こう書かれている。自分には能がない、と。
道場を変えることにした。
ああ、むりだ。もう通えない、と思ったあの日の夜のことを、現像できるくらい明瞭に覚えている。
ふつうに考えたらそりゃそうなんだけれど、もう曜日の組みようがない。
日常に占める比重が大きすぎる。
平日の退勤後に、地下鉄で道場に向かう。
帰宅して22時。そこからおふろと夕飯。始業も早いので、早く眠らな

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郷御前はなぜ殺されたのか。静御前はなぜ歌ったのか。鎌倉殿の13人

郷御前はなぜ殺されたのか。静御前はなぜ歌ったのか。鎌倉殿の13人

静御前はなぜ名乗らないのか。

自分が静だと認めたら、命が危ない。
名乗るか名乗らないか、認めるか認めないか。
お腹には、やや子がいる。九郎義経の子。
謀るか、謀らないか。最後の最後まで迷う。
だからこそ輝く、満座のなかで歌いながら舞う白拍子。

しずやしず しずのおだまき くりかえし 昔を今に なすよしもがな

静よ静よと、あの方がわたしを呼んだ、あのころに戻りたい。
だって今もお慕いしているの

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五月病に足をつっこむ前に。主人公である自分を休ませよう。

五月病に足をつっこむ前に。主人公である自分を休ませよう。

ほんとのとこは、なんでもいいんだよ。たいしたことなくても。脇役に感じても。添え物に感じても。お新香ですらなくても。煌びやかでなくても。足に落ちる影が濃くても。濃くみえても。
なんの進歩もしていないように感じても。
ということを引用4連発で重ねるので、引用おわるまでついてきてください。

そう、自分の時間なんだから、ゆっくり使おうよ。
のっとられたり、ゆずったり、明け渡したりしないで、
自分の肩幅く

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うさぎ追いし山なんてないこの世で、ふるさとに錦を飾る方法

うさぎ追いし山なんてないこの世で、ふるさとに錦を飾る方法

そのとき、わたしはとても疲弊していた。
一年で最大の負荷がかかる日だった。木偶人形を気力であやつりながら、帰途についた。
電車をのりづき、実家にもどった。おふろに直行する。

すると、どうしたことか、上から声がひびいてくる。
こどもの声だ。ふたりはいる、3人か。
どこからだろう。
となりは何十年も空き地だったが、地主がここ最近、売り払った。窓の極端に少ない、3階建てがたっていた。
不可思議なほどに

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宇多田ヒカルのwait&seeは、何を待ってほしいのか。

宇多田ヒカルは18歳のころ、wait&seeでこう歌った。
「変えられないものを受入れる力、そして受けいれられないものを変える力」がほしい。
変えられない。受入れられない。でも飲みこまないといけない。そうじゃないと前に進めない。
苦しい、行きたい、行かないと。
この曲の旋律は、じりじりと息苦しいまでの、焦燥感にみちている。
wait&seeというタイトルも、「待って」といっている。
ちょっとだけ待

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おめでとうの七つの味。思いついて通っただけの道場で聞く、おめでとうの味わい。

おめでとうの七つの味。思いついて通っただけの道場で聞く、おめでとうの味わい。

おめでとうには、七つの味がする。
単一の味だったはずのおめでとうは、人生が展開してゆくにつれて、味わいを変じてゆく。
だれかには甘くても、だれかには苦くて、その場にいるだれもが一色に染まることはない。
あの人には酸いだろう。遠目に見て思う。どういう気持ちで聞いているのだろう。
目を向けても笑っている。大人なのだからそうだろう。お酒をのんで笑うしかないだろう。
やけ酒なのかも、こころから喜んでいるの

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憧憬は鎮火しないので、子どものころ憧れたことは、いつでもさっさとはじめたほうがいい話。合気道はじめました話。

憧憬は鎮火しないので、子どものころ憧れたことは、いつでもさっさとはじめたほうがいい話。合気道はじめました話。

記憶にあるかぎり、これほど嬉しい買物はなかった。
というくらい、目のくらむような体験だった。
合気道はじめて半年強、やっと買った。道着。
道着着て寝たいくらいオーバーランしてる。気持ちが。

別に入門後すぐ買ってよかったし、男性はわりとすぐ買うし、逆に同期のなかでいちばん遅かった。
師範八段に「お前まだ買ってへんのか」といわれて、道着をもってこられて「着てみい」と、サイズをあてられてやっと、
――

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ハンプティは元には戻らない。玉子を見ると思い出す、玉子を横取りしたら、肺結核の父が喀血した本の話。

ハンプティは元には戻らない。玉子を見ると思い出す、玉子を横取りしたら、肺結核の父が喀血した本の話。

わたしはたまごが好きである。
今夜はのこりもので済ませようと思って、1品足すためにたまごを焼いたら、そのたまごだけ完食してしまった。
こどもか。
その次に、まだ食指の動く、ポタージュをのみほした。
ポタージュはカボチャが至高だと思っているけれど、ジャガイモも、なかなかいける。
さいごにのこった、たいしておいしくない、ホワイトシチューを平らげながら、これを書いている。
たいしておいしくないものは、冷

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アンドロイドは電気羊の夢を見る。人間にもスリープボタンがあればいいと、Siriはいう。

アンドロイドは電気羊の夢を見る。人間にもスリープボタンがあればいいと、Siriはいう。

わたしは妄想族である。彼我のさかいを、意味なくこえる。ひんぴん、時空のはざまに漂いでる。
いまは特に、かぜをひいているので、朦朧としている。
その茫漠に、おぼろに浮くものがある。
 
 目のまえに、おりたたんだハガキがみえる。シャーペンの文字がこすれて流れている。トメやハネがしっかりでている。これは知っている。高3のときのだ。
字を読もうと思うと、ひとりでに浮いてきた。ひらがなのかたちが見える。

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おとなになってからの友情はありえるのか。平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」

おとなになってからの友情はありえるのか。平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」

まだまだ若いラグビー界の伝説が、ある日突然、末期ガンになった。
高校時代、その伝説にあこがれたノーベル賞受賞者が、医師として、親友として、その最後の挑戦を見届ける。

この文言だけを読んで、想像する内容そのままの本。
文面がやわらかく、暴力的なところも、血をふりしぼるようなところもなく、終始、淡々としている。

おとなになってからの友情はありえるのか。
悲劇をまえにして友情は、美しいままでありえる

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燃えあがるノートルダム寺院をかこった市民たちが、アヴェ・マリアを歌っているというニュースを聞いたとき。

燃えあがるノートルダム寺院をかこった市民たちが、アヴェ・マリアを歌っているというニュースを聞いたとき。

ぞくりとした。
あまりに絵画的だった。
伝統的といってもいい。
中世ヨーロッパのできごとかと思った。

ノートル=ダムとは、わたしたちのマダム、すなわち聖母マリアを指す。
聖なるマリア寺院が、炎にのまれて、うち崩れてゆくさまを、民衆がとりかこむ。
聖歌をうたいながら。
マリアを祝福する歌をうたいながら。
教会のステンドグラスにでも、ありそうなモチーフである。
しばらくすると、教会史として絵画になる

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悲しむなかれ、我が友よ。旅の衣をととのえよ。遠き別れにたえかねて。惜別の歌。

悲しむなかれ、我が友よ。旅の衣をととのえよ。遠き別れにたえかねて。惜別の歌。

かなしみセンサーの鍛錬に余念がない、切なさ向上委員会のみなさま。
そう、あなたです。
だいたいこのタイトルを聞いただけで、ピンときますね。
きっと戦争だ。
あたりです。
友にわかれを告げるだけで。旅支度をするだけで。
出征する学友の、若いまなざしが、胸を去来します。
かなしい旋律シリーズ、つづきます。

惜別の歌は、一番はこう。

遠き別れに たえかねて
この高殿に 登るかな
悲しむなかれ 我が友

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