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謎は謎のままでずっとずっと魅力的だった。切り裂きジャックとアナスタシアとカスパー・ハウザー。

切り裂きジャックが判明したと、メディア記事がでていた。
(ただし信憑性は不明)

ときは、19世紀、蒸気と石炭のロンドン。
既存の富はかたむき、あらたに成金があふれ、クジャクのように社交界になだれこんでいた。
ねずみのように貧しい孤児たちは、煤だらけで炭砿にたむろする。
世紀末ロンドンの貧民街に、連続殺人がおこる。
その身を散らしていくのは、街角にたつ売春婦たち。
えぐられた内臓、のこされた血文字。
スコットランドヤードは、犯人をつかまえることはできなかった。
あれほど遺留品がのこされていながら。
あれほど世間をさわがせていながら。
ついには、迷宮入りとなった。ヤードの権威は地におちた。

とはいえ、物語はここではおわらない。
ひとは噂する。推理する。犯人はだれだろう。
売春婦たちを猟奇的に殺害し、血文字のメッセージをのこした。
事件そのものがセンセーショナルだった。
あまたのフィクションでとりあげられ、被疑者はたくさんあげられた。
王室関係者に口封じをされた説。
それはそれはきれいに内臓をとりだしていたので、ユダヤ人肉屋。
アリバイのない弁護士。
ある高貴な血の人。
精神病入院歴のある床屋。
なんてもっともらしい被疑者たち。

それがついに、確定したらしい。
100年を経て、現場の遺留品から、DNA鑑定をした。
当時、スコットランドヤードが追いつめたうちのひとり、床屋のDNAと一致した。

しかしなんだろう、なんとなくただよう、がっかり感。

そういえば、少し前に、アナスタシアの死の時期についての記事もでていた。
ついに確定したらしい。
19世紀末、華やかなりしロシア帝政が崩壊した。
革命は、ときの皇帝ニコライ2世を、ゆるさなかった。
皇帝一家7人、もろとも銃殺した。
女も子どもも、見逃されはしなかった。
全滅だったと、思われた。
生き残っていてほしいと望むのは、ひとのさがなのだろうか。
せめてと思ってしまうのだろうか。
目撃者がいった。
アナスタシアは、あのときまだ息をしていた。声をあげていた。
もしかしたら、助けだされたかもしれない。
即死じゃなかったのだから。
だれが助け出したともいえないのに、候補をあげられないのに、衆人は甘い夢をみた。
風説が流れた。
アナスタシアは生き延びた。
自称アナスタシアが、複数うまれた。
あわれんだ武官に助けられたのだと、記憶喪失に陥ったけれど、ようやっと、その記憶をとりもどしたのだと、訴えかけた。
もっともらしく、社会に信じられた者さえいた。
アナスタシアは、死ななかったかもしれないのだ。

しかしながら、今回の遺骨の分析で、すべて偽物だと確定した。
偽称だった。ぜんぶにせもの。
アナスタシアは、皇帝一族と運命をともにした。
それで確定。
ものがたりは、おしまい。もうおわり。
つづいてはいなかった。
夢をみていただけなのだ。
17歳の皇女が、若いみそらで、その身を散らさなかったと。

ついに!
もうずっと解決しないと思っていたのに!
謎は謎のままだと思っていたのに!
あたりに声をかけて、拍手をしながらスタンディングオベーションしたい気もする。
謎は解き明かされたのだ。
迷宮入りではなかったのだ。
科学が勝利した。
……なにに?
わたしたちは克服しつつある。
ねえ、なにを?

しばらくすると、去来するものがある。
あれれ、なんだろうこのきもち。
結末に、まったく惹かれない。
なにかだいじなものが、失われた。
桃色のひかりを放つ砂が、ついにはおちきってしまった砂時計のように、からっぽのガラス製品がおいてある。
霧と消えたのは、可能性が生んでいた何か。

それと同じようなものを、わたしは知っている。
龍馬を殺した犯人。
邪馬台国の場所。
そして、カスパー・ハウザーを殺した犯人。

カスパー・ハウザーは、19世紀ドイツの片田舎で発見された。
異様だった。
16歳ほどなのに、野生児のようだった。
オオカミに育てられたといったほうが、周囲を納得させたかもしれない。
マナーというマナー、ことばということばを何も知らなかった。
パンと水しか受け付けなかった。
感覚器もほとんど機能していなかった。
ひかりや物音に、異常なほどに反応した。
ただし、時代は19世紀。ドイツは後進国ではなかった。
言語学者や神学者、教育学者がよってたかって、かれを教育した。
そしてかれは語りだす。
地下の座敷牢で、ずっとひとりですごしていた。
あったのは、木馬がひとつ。
出自があきらかになろうとするころ、かれは刺された。
刺傷がもとで、はかなく世を去った。享年21歳。

さあ、のこったのは、謎がひとつ。
どうしてかれは、座敷牢にとじこめられていたのか。
かれを逃がしたのは、だれなのか。
どうして、ひとおもいに殺さなかったのか。
いや、殺せなかったのだろうか。

やはり世間はいうだろう。落胤である。高貴な生まれである。
家と家との、権力争いにまきこまれたのだ。
だって男子だ。世継ぎになりうる。
死産だったとしたら、よろこぶ一派が必ずいる。
ああ、この顔、どこかで見たことがある。
あれじゃないか、きれいな服をきて大きな家に住んでいる、あの一家に。
顔が似ている、そう、バーデン公爵家だ。
うまれは、公子だったのかもしれない。

カスパー・ハウザー。
闇である。
なんの罪もないこどもが16年間も、監禁されていたなど、闇でしかない。
人間の業とかなしみを、くったくたに煮込んだグロテスクな果実である。
でも同時に思うのだ。
無残に散ったあの子どもが、やっと自分の人生をあるきだそうとしていた不格好な子どもが、もし高貴な生まれだったとしたら。
ねずみのような貧しい孤児ではなく、貴種ゆえの悲劇であったとしたら。
すこしは供養になるのかもしれない。
すこしは浮かばれるのかもしれない。
貴種であれば、ゆるすだろう。
みずからにふりかかった苦海を、うらむでもなく、呪うでもなく。
すこしばかりのかなしみとともに、受容するだろう。
だってそれが貴種なのだから。
そしてかれはきっと、聖者の行進にむかえいれられるだろう。


…というわけで、かれの出自の真相は、いまだ不明。
謎は謎のままで、ひとのこころを捕らえつづける。


▼アナスタシアが死ななかった例。

▼美少女なので、よりいっそう高まる生存説。



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