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雑記

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#認識

ダミー構造のでき方

相互協力、相互扶助は、ダミー構造と深い関係にあり、それが主客の認識の問題を発生させ、関係性を非常に難しいものとする。

対話に付随する問題

他者との間で対話を行い、その中で自分の意志を伝えようとすると、まず、その意志が完全に相手に伝わるわけではないという伝達の問題が発生し、ついで伝わった部分について相手が完全に理解するわけではないという理解の問題、さらにはその理解に基づいた解釈が発信者の意志をど

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権力が任意に強制性認識を行う世界

明確な証拠なく、片方の主観を採用して権力が任意に強制性の認識を行い、その非難の方向を恣意的に定める、という社会では一体何が起きるだろうか。

三権分立の考え方

まず、基本的に、三権分立の意味するところは、司法、立法、行政の機能を分割することによって権力の集中を防ぐ、ということがある。その上で、社会正義についての判断は、司法が法に定められた手続きに従って、関係者の主張をそれぞれ吟味し、証拠を精査し

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本能と理性

人間の三大欲求として食欲、性欲、睡眠欲があると言われる。これらの欲求は、本能であるとも言えそうだが、本能と理性はどのように関わるのだろうか。

三大欲求の対象の違い

まずその三大欲求をみてみると、睡眠欲に関しては、単に寝るだけなので、全く個人でできることであると言える。食欲に関しては、食べること自体は個人的なことであると言えるが、完全な自給自足でない限り、食糧の調達は社会的行為となる。その調達対

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文脈で動く世界

世界は一体どのように動いているのだろうか。

個別認識と現象

現象は個別認識によって観察されて初めてその存在が認められることになる。個別認識というのは読んで字の如く個別に行われる認識であり、それは十者十様、それぞれによって異なったものであっても全く不思議ではない。そうすると、同じ現象を見たとしても、その観察の結果としての現象が異なったものとして見えるということも十分にありうることであるといえる。

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思考、表現、意図、目的

考えが他者と共有されるまでのプロセスとして、どのようなものが考えられるか。それは、前々回書いた、解釈から認識拡張に至る間の単純モデル化であり、それは本来的には複雑なプロセスであろうから、このように単純化して整理すべきものではないのだろうが、自分の頭の中に入ってくる情報をとりあえず整理していかないとどうにもならないので、やってみるだけで、これが正しいとか、こうあるべきとかいうものでは一切ない。

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認識の社会実装

社会と個人との関係性を、個々人の考えを擦り合わせた結果できた制度が社会であると考えると、新たな考えをいかに社会に実装するのか、というプロセスが繰り返されて社会が動いてゆくのだと言えるのかもしれない。つまり、社会制度とは認識の社会実装の結果現れる抽象構造だと言えるのかもしれない。

認識の社会実装サイクルモデル

そうなると、社会的に解析する個人のモチベーション様式、それが一般的かどうかはともかくと

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運命とは何か

人は時折運命を感じ、あるいは運命に縛られて二進も三進もいかなくなることがある。この運命とは一体何者なのだろうか。

二種類の人生の進み方

生き方の定め方として、主観的に自由意志に基づいて進んでゆくというあり方と、周囲の客観的評価の集合として開けてゆくものがあるのだと言える。そのうちの後者がいわゆる運命として感じられるものだと言えそうだ。つまり、自分の意図の範囲外で、さまざまな人のつながりや縁など

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空気を作りだす摩擦的長期シナリオ調整過程

社会の中で動く空気はいかに形成されるのだろうか。

イメージによる空気形成

まず、個別の人を取り巻く空気というのは、その人に対する周囲のイメージによって形成されると言えそうで、特に、ある権力的枠組みの中に落とし込もうという圧力がかかっており、そこから外れそうになった時には、その空気が強く作用するようになるのだろう。そこまでゆかなくても、とりわけケインズの美人投票的市場観の作用が一般社会にまで広が

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人と情報

情報というものの有用性を高めるために、その仕組をもう少し詳しく検討する必要があるのではないだろうか。情報というのは非常に抽象的な言葉で、便利な反面、とても扱いにくい言葉でもある。情報というだけで、とても幅広い範囲に想像が及び、議論自体が大雑把で散乱したものになってしまいがちだからだ。そこで、ここでは特に情報の受信プロセスについて考えてみたい。

自然状態で、情報というものが存在するのか、というのは

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認識変化と政治性

認識変化は、本来的には、直接対話などの直接の情報摂取によって起きるのだが、そういった主体的認識変化とは別に、受動的認識変化というものがありそう。無意識のうちに認識が変化している状態だ。これは、テクニックとしては非常に興味深いのだが、果たして現実的有効性を持つものなのだろうか。

忙しい現代社会、誰もが全てのことに納得して考えを整理しているのではなく、瞬間的に入ってきた情報に反応して知らず知らずに認

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生命はいかに生まれたか(妄想)

生命はいかに生まれたか(妄想)

地球において生命はいかに生まれたのだろうか?その質問は、生命とは一体なんなのかということから考える必要がありそうだ。私は、生命とは、認識、そして意志のインプット・アウトプット体系なのではないかと感じている。外界の情報を認識し、そしてそれに対して自分の行動の意志を発出する、それが生命の機能なのではないだろうか。

さて、そこで外界の情報はいかにして定まるのだろうか。私は地球に住んでいるので、地球のこ

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