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生命はいかに生まれたか(妄想)

地球において生命はいかに生まれたのだろうか?その質問は、生命とは一体なんなのかということから考える必要がありそうだ。私は、生命とは、認識、そして意志のインプット・アウトプット体系なのではないかと感じている。外界の情報を認識し、そしてそれに対して自分の行動の意志を発出する、それが生命の機能なのではないだろうか。

さて、そこで外界の情報はいかにして定まるのだろうか。私は地球に住んでいるので、地球のことにしか想像が及ばないが、もちろん水や大気という条件はあるのだろうが、その中で偶然(?)有機物が生まれたとして、それはどの段階から生命になるといえるのだろうか。認識はともかくとして、どの段階から意志を持つと考えるべきか、という問題だ。そこで、意志とは一体なんなのか、ということになる。意志とは、所定の環境の中で生き延びるための選択行動だと考えられるのかもしれない。つまり、例えば温度が高い方と低い方、どちらが生き延びる可能性が高いのか、ということを選択し、生き延びた方が多いものが次の世代をより多く残すことになる。そういったことをさまざまな条件に対して繰り返して、それぞれの個性を持った個体群が出来上がる。その段階では、単純条件反射の積み重ねであり、果たして意志と呼べるものなのかどうかは怪しい。つまり、アルゴリズムで動くAIのようなものだといえる。

そんな中で、長期的なリズムというものが次第に条件を規定するようになる。つまり、1日の夜と昼の変化のようなものだ。これによって、時間的周期の中での選択というものが条件としてセットされる。さらに長期になると、1年の春夏秋冬という変化も出てくる。これも基本的には単純周期で考えることができるので、リズムさえセットすれば、単純な選択の延長でなんとかなるだろう。時間による予測は、行動選択の可能性を大きく広げる。暖かいところの生き物が、これから寒くなるのがわかっているのに、寒くなりそうな方向へは動くはずがない、といった具合だ。時間という認識は、この長期的なリズムに合わせて定まるのだといえる。そして、この時間という認識が定まると、他の個体との共通の認識軸ができる。3日後の夜明けに会いましょう、といった具合だ。そんなことで、秋になると果物が食べられる、とか、春になると魚がやってくるとか、そういうことが予測できるようになる。予測による行動ということで、時間というものが、意志の成立に非常に強く関わっていそうだ。

それに対して、地球には月という別の要素がある。潮の満ち引きが月の重力で決まるなど、太陽の動きとは独立した別の周期要件となる。これは、リズムではあるのだが、太陽の動きのリズムとはどうしても合わない。去年のこの時期はこのくらいの潮の具合で魚がここにきたはずなのに今年は来ない、とか、あるいは視覚での方向感覚ということを考えれば、星の動きとも太陽の動きとも独立で動く月というのは、方向感覚も時間感覚も狂わせる大きな要因となる。そこで認識は混乱することになる。完全周期外のものならば、特異条件として個体の偶発的分岐条件になるだけだが、どちらも周期的なリズムを持っているのに、そのリズムが合わないことになるのだ。なぜこうなるはずなのにならないのか、という認識の混乱は、生命体にさまざまな選択の余地を残すことになる。この条件は太陽のリズムで、別の条件は月のリズムで、といった具合に、その無数にある条件を二つのリズムに振り分けることで、一気に多様性の範囲が広がると考えられる。これこそが、生命体としての意志を生み出した要因だったのではないだろうか。

さらに人間について言えば、そこから農耕ということを始めることで、この太陽と月のリズムの違いをもっと追求する必要が出てきた。この時期に種を蒔けば、この時期に雨が降り、この時期に実る、といった具合だ。中期的なリズムを考えるときに、太陽の動きを基準にして数えると、数え間違いなどが起きるが、周期的に形を変えて動く月というのは、日数のカウントにとっては非常に都合が良い。しかし、それは毎年少しずつずれる。それは安定した時間感覚のためには非常に大きな混乱要素であり、その修正のために春分・秋分、そして冬至・夏至という、太陽の周期性による調整を行う必要が出てくる。それが複雑な認識体系を構築する大きな要因となったのではないだろうか。

この調整作用は、ヒトに限らず、季節によって移動する動物などにも備わっていそうだ。一方で、植物は、温度や日の長さを条件にすることはありそうだが、果たして月の動きまで計算に入れているかはわからない。ただ、地面に密着していることから、重力の変化にはより敏感なようにも感じ、そうすると月による周期的重力変化というものがなんらかの影響を与えている可能性は十分にある。いずれにしても、これらの周期性による時間感覚というのが、意志決定を行う生命の成立に大きく関わっていると考えられる。

地球に多様な生命体が生まれた要因は、太陽と月という二つの異なったリズムを持つ周期体系と、それによる時間感覚があったことだったのでは、という妄想でした。


ちなみに、これをAIに応用してみると、ひとつのAIに、競合するわけではないが、どうしても違いの生まれる二つのアルゴリズムをセットして、どのような結果を出すのか、ということができるのならば、それがAIが意志を持つきっかけになるのかもしれない。もっとも、競合せずに違いが生まれるアルゴリズムというのがあまり想像できないので、最初の段階ですでにつまづいてしまいそうではあるが。あるいは、時間の間隔を60進法と10進法でふた通りの処理をしてみるといった感じか。でも、それによる周期的条件変化が伴わないとあまり意味はないのか。むしろ一般化されたデータに対してそういった複数の周期性を見つけ出すということ自体がAIの得意とすることであり、AIは認識に特化しているのだといえるのかもしれない。この周期性があるからこうする、という処理はできるのだろうが、うーん、どうなのだろう。この辺り、外部に対する認識の多様性から始まるヒトと、固定的センサに基づいた情報を処理する内部のアルゴリズムが出発点であるAIとの根本的な違いであるといえるのかもしれない。となると、意志とアルゴリズムは根本的に相容れないものなのかもしれない。もう少し複雑な問題を喚起しそうだが、これについてはとりあえずここまでとする。

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