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荷花
2024年4月5日 18:45
たとえばわたしが鳥だったとしてあの顔ができるだろうか。愛され方しかわかっていないあの鳥の、くるりと一周まわった水鏡のような瞳。水浴びをする白文鳥をじっと見つめる。春の午後。 わたしが100%わたしであった時代を思い返す。それはフライ返しみたいにへにゃんとしていて、輪郭がやわらかくひしゃげている。わからない、とは言えないが、スフレにフォークを押し付けるみたいに少し痛む。結局全て忘れてしまうから
2024年3月18日 09:41
せとかを剥く。柑橘の匂いが指にからまりつく。春の朝のひかりは気温は低いのにとても柔らかく差し込んでくる。それはもう既にまどろみに近い。半分にわって、それから皮を剥がす。一気に果実から果物へと変貌を遂げたようなそれと、あたりにきらきらひかるジューシーな香り。ひとつぶ、口に運ぶと思った以上に甘い、あまい味が広がって、おいしい、に結びつく感じ。一人でこれらをやっている朝の、お供として音楽をかける。
2024年1月9日 17:37
裾野からふんわりピンク色に溶け出していく空の、茜の極まるところの、その先から生まれる風を吸い込んだ。足の先はとっくに靴の形にまるくかためられていて、タイツと靴のさわりが悪い。人が通り過ぎる。色硝子を透かして見たような音色がイヤホンから流れ込む。それはゆったりとした静寂で、そのなかに限りなく薄い破裂が混ざっている。 共犯が、愛より上だと思っていたころ、小さなソーサーカップをいくつも集めるような
2024年1月6日 17:41
感じる速度ってなんだろう。 水餃子の、つやんとひかるひだを見つめながらそう、思った。感じる速度が高まって、涙があふれるときの、あの解像度はなんなのだろう。まるっこい水餃子はスープの海で寝そべっている。つぶらな瞳が輪っかになってわたしを惑う。窓をきっかりしまっていて、午後の音が満ちている。近くにおいた冷水から雫が薄くのびている。わたしの頬に、わたしの手から、わたしの作った味が入っていく。おそるお
2024年1月5日 20:08
年が明けました。 一年を、暮れるとか明けるとかで表現するたびに、ひとひもひとよも変わらないのかもなと思ったりします。 時間の感覚ってほんとうにさまざまで、自分のなかでもさまざまで、それなのに一番はっきりしているものみたく扱われていて、その落差にたまにうっとりしてしまう。それは生きているに近いから。 まばたきの回数で空とべたならわたし今星空にいる、とかみたいな短歌を詠んだことがあるけ
2023年12月15日 18:12
街灯すら眩しくて手を翳したあとに、果たして生き物としてどうなのだろうと思う。月はまだやや低く、か細い線がつるんとひかっている。光を弾いた夜の水面は油絵みたいで、その横をひかる犬を連れたひかる人間が漂ってくる。 わたしの左肩に重みをのせるトートバッグは彼からもらったもので、毎日使っているからかあまり彼の気配は感じない。わたしと君として出会ったはずがいつからか私たちになってしまうように、曖昧にわた
2023年12月5日 16:38
小説というものは自分とはかけ離れたものと思っていた。たとえばそれは歪んだ並行世界のようなもので、決して交わらない。ふわふわと浮かんだり鋭く横切ったりするものであって、息を吸うとふくまれている冬の匂いのようなものでは決してない。そう思っていた。 それがさっき揺らいだ。いつものように帰り道のルーティンとして駅前の本屋に寄り、(最近リフォームしたばかりで薄暗くなってしまった)肉を剥いだり溶かしたり
2023年11月19日 17:52
寒い。 痛いまではいかないけれど寒い。寒いがすぎると痛いに変わるけれど、暑いがすぎるとどうなるんだっけ。漠然と、砂漠にある熱い砂と砂の間の熱のことを思って、そのへんに夏があるような気がして、でも夜はすごく寒いんだってね、そのあたりなんだかアンティークな風格。 強めの風がふく。 夕方なのにもう暗くなった道でシルエットだけのコーギーを見かけて、そのあまりの足の短さに衝撃を受けたりする。たぶん
2023年11月4日 00:08
どこかで気球が破れている。 ぱん、ぱん、と小気味よく、カラフルな膨らみを爆ぜている。それは遠い彼方のことで、たとえるならば昔話のようなやさしさで、今もこだましている。十月がいつの間にか終わり、霜月に入ってもまた低迷する気持ちのままだった。そんなことをいまだにやっている私が、幼くて痛い。 このところ、過去の凄惨な事件や、刑務所内の生活、ヤングケアラーやきょうだい児、虐待に介護、それらを追うニ
2023年10月22日 18:04
こんな苦しい日はどうしてたんだっけ、時間もお金ももうわからなくなってて、夜が冷たく刺してきて、それに急かされるみたいにかえる、かえる道でスタバが煌々と在って吸い込まれて最後尾につく、喉に落ち着いたチャイの温もりと、赤くなる頬、それから中也の詩集をひらけば慌てて飛び出る涙の厚みのある感じ、踏んでいた絨毯が大きな犬の毛足のようで思わず蹲りたくなる、冬の夜のことがまっすぐ愛されていてその文字を追ったあと
2023年10月18日 22:00
口に出すと、漏れ出していくものがある。騙すとか蝶とかそういう類のものではなくて、まっすぐな光の柱のような場面でしゃがみ込んでしまうようなそういう類の、ものがある。 たしかな手がかりとして、ひとは朝を指すけれど、ほんとうがどこにあるのかはきっと、まだ誰も知らない。水の深さに、空の苦さに、まだ触れていない。からだの隅にいくらか積もった黒ずみの、うっかり撫でてしまえば指先にうつるやわらかな絶望達。
2023年10月14日 22:46
八月のことはよく覚えていない。素足でプールの水をずっとかき混ぜているように、何にも届かない場所にいた。ギターを指で弾いて渡る際の、きゅいん、が耳の奥で溶けていく。遅くなった帰り道で自動販売機の売り切れが赤く四つひかる。マンションの階段はいつも静かだ。玄関の扉をあけると、シンクから泥の匂いがする。いい匂いする、って言われたこと思い出す。下腹部が痛む。お互い隣に座ったまま、彼はこちら側へ抱
2023年10月7日 19:01
ふと、後ろ向きに歩いてみたくなる。それはかなり昔、幼子の頃にやったようなやさしい音頭ではなくて、かなり緻密に機械的にそういう動きで進みたくなる。進んでいるのか後退しているのか、その区別を何に委ねているのだろうと考えたとき、やはり意思の方向に向かっているかどうかだと思う。そう考えれば、完全に進んでいることになるけれど、後ろ向きに進む時には去っていく景色ばかり見ているわけで、それが不可思議に自分か
2023年10月6日 20:40
死にたくはないんだけど死にたくなって、意味もなくビンタしてみたりベッドから落ちてみたりする。雪が葉に積もるときくらいの優しさと重さと頑固さで生きてるのにどうして美しくなれない。からだが重すぎて、心が浮かばない。まったく何も映さないテレビの黒いけど透明な画面に顔が伸びていて、ずっと平面で生きてるみたい。地下鉄みたいな下半身が閉じきらなくて、まただれかにあまえてしまう。ずっとこんなふうなのかな、なんて