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日記

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2023年8月の記事一覧

シルエット

シルエット

 恋の重さはその溶け方でわかると思う。

 島本理生さんのデビュー作、「シルエット」を昔読んだ時にそう感じたことを思い出す。夜、本棚を整理していてまた読み返してしまった。ほんとうに美しい恋の失い方だ。
 主人公の女の子と元恋人の付き合っていた時の距離も、ずれに気づかぬふりをしている時の距離も、それからぬくもりを求めた相手との距離も、すべてが静かに移ろいつつあって、雨のようで。
 特に、始まり方が美

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みどりいろの目の彼女

みどりいろの目の彼女

 右の手首が痛む。それは、怪我をしているからだ。ガラス瓶がおちる、ひとつ、ふたつ、その瞬間両腕はそれを支えるためだけに差し出された。そしてひとつ、右手首に傷を残した。あとは、元通りとなった。 

 右手首は、動かすと痛む。特に上向きにすると痛む。下向きだとそれほど痛まない。文字を打っている今はその角度にふれて、とびとびに痛む。からだらしい痛みの動きだ。それほど深い傷には見えないのに、やはり大切な部

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ひぐらしの鳴く頃に

ひぐらしの鳴く頃に

 サイレントサイレンの八月の夜が耳から抜けない。世代でもないけれどなんとなく聴きたくなって、それから抜けない。模造品のきらきらがあっけなく砕け散るようなキュートな歌だ。夜というよりも、1週間、という感じのする歌だ。それから、わたしはカニよりエビが好きだ。

 「ひぐらしのなく頃に」を解まで見た。感想を書きたいけれど、そもそも過剰にグロかったりエロかったりが苦手なわたしとしては辛かった、グロさの意味

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蜃気楼の牛

蜃気楼の牛

 蜃気楼の牛、を読んだ。文藝界の9月号に載っている、川上弘美さんの短編小説だ。
 こういう話が、すごく好きだ。紙粘土のような、やさしい白のなか、ずっと続くようで、けれど汽車に乗っているような、生々しいのに遠さのあるような、手紙という手段がいいのか、子供の存在がいいのか、それらの配置がとてもいいのか、空間が澄んでいて、ひどく好きだ。わたしが書けばだらだら話してしまうところを、厚みのある言葉をひとつ置

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蝉時雨をほどきつつ

蝉時雨をほどきつつ

 いつまでも、身をほどかないわたしたちを、水が見つめている。
川の果ては海か土で、私のみているところからは果ては見えないからきっと海だ。手で掬えばこぼれおちてしまうその動きの中にどれほど生命らしさがあるだろう。水のほどける様が目を揺らす。

 昼の月はひどくかすれて、寝起きの体温みたいだった。ぬくくて、すこしずれている。骨がじんとして、黄金の森を掌でかきわけるような呼吸、そののちカーテンをひらいて

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金魚の足跡

金魚の足跡

 袖の中途半端な、やわらかな布をきて、彼女はわらっている。犬がその横でうんとのびている。のびると、犬は皮膚になって、おもさがそこにいる。わたしがシャッターをきれば、それがまるごと吸い込まれるようでいてそれは違って、別離が生まれるだけで、だからこそいい。熱がべったりと喉を濡らす。喉に生えた毛のことを想う、それをゆっくりさするみたいにして、声をあげた。

 昼寝から起きると、窓の外はぎんぎらに照らされ

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バス、流れるすべて

バス、流れるすべて

 バスの中は音声が溢れていて苦しい。イヤホンを忘れると外にいる柴犬をかぞえることしかできない。あかるいうちに帰ることができてよかった、と思う。街路樹の先端のほうにひかりが密集してわさわさ揺れている。雨雲がなにかしらの広告看板のむこうに見える。バスが発車する。ひかりの中へ進む。サンダルのかかとの部分が痛む。サンダルにあるクッションはクッションの持つ響きより小さい。あ、愉快な音がながれる。だれかの着信

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