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シルエット

 恋の重さはその溶け方でわかると思う。

 島本理生さんのデビュー作、「シルエット」を昔読んだ時にそう感じたことを思い出す。夜、本棚を整理していてまた読み返してしまった。ほんとうに美しい恋の失い方だ。
 主人公の女の子と元恋人の付き合っていた時の距離も、ずれに気づかぬふりをしている時の距離も、それからぬくもりを求めた相手との距離も、すべてが静かに移ろいつつあって、雨のようで。
 特に、始まり方が美しい。雨に閉じ込められる感覚っていうのは、みんな一度は感じたことがあるだろうけれど、やわらかな雨にこのままずっと二人で閉じ込められていたい、そう願うときにはもう果てが見えていること、その薄く翳った悲しみの色は、途端に自分のパレットに移したくなる。

 雨の中にいるとき、わたしはいま雨の底にいる、と思う。直線で向かってくる雨粒のひとつひとつが私本体をなでるようにやさしくどこかへ落としていく。泣くことの許される時間で、わたしはわたしの雨に沈んでしまうと思う。そんなときは、待つしかない。誰かが連れ出してくれたり、あるいは傘を傾けてくれたり、そういうことではなく雨音の静寂に目を瞑る時間が必要なのだと思う。そういうふうな、日々を丁寧に書き戻していくかんじ。あの頃に読んでよかったと思う本だけれども、もちろん、今読んでもよかった。

ぜひ。

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