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書店の話

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2021年5月の記事一覧

ハードボイルド書店員日記㊴

ハードボイルド書店員日記㊴

短縮営業。店は8時に閉まる。だが8時に即帰れるわけではない。

「何だこれ。合ってる?」課長代理が首を傾げた。「いえ、全然」「だよな」最新鋭のレジが導入されて以来、締め業務の速さは各段に改善された。誤差の出るケースが減ったためだ。

レジ誤差を誘発する最大要因は「釣り銭渡し間違い」である。だがお札も小銭も自動的に排出されるシステムになったため「1万円と5千円を間違えた」「1000円余分にもらってい

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ハードボイルド書店員日記㊳

ハードボイルド書店員日記㊳

昔読んだ漫画で、こんなエピソードがあった。頬に傷のある挙動不審な男が定食屋に来る。不機嫌そうに黙っている。常連や他の従業員は怖がるが、おかみさんは「お客を差別するな」と普通に接する。男は注文した丼を一口食べて「この味が食べたかった」と泣き出す。亡くなった母親と子どもの頃に何度も通った思い出の店だったのだ…

数年前。レンズに色の入った眼鏡に派手な柄シャツ、しかも頭はパンチパーマという中年男がレジに

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ハードボイルド書店員日記㊲

ハードボイルド書店員日記㊲

3年ほど前の話。

以前の職場へ足を運んだ。日曜日だった。

年季の入ったオフィスビルの地下1Fに位置する店で、客層の9割はビジネスマン。通常、書店は土日祝日が稼ぎ時だが、そういった事情でここは数少ない例外である。同じ建物にインテリアショップが入っているため、建築関係の専門書や雑誌のバックナンバーが充実している。ファミリー向けの店ではまず置かない、取次を通さぬ直仕入れのビジネス誌も目に付く。

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「最大公約数」と「棚差しの一冊」

「最大公約数」と「棚差しの一冊」

青山ブックセンターは、私が最も好きな書店です。先日久しぶりにBGMのプレイリストが公開されました。

ちなみに同店は雨の日に買うと、洋書&洋雑誌が8%オフになります(オンラインストアは対象外)。これからの季節はありがたいですね。

TV版「新世紀エヴァンゲリオン」の最終話かな? 「雨の日にもいいことはあるのよ」という台詞がありました。あのラスト、私は好きです。起承転結や伏線回収も大事だけど、いちば

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ハードボイルド書店員日記㊱

ハードボイルド書店員日記㊱

書店員=読書家というイメージは正しい。と同時に正しくない。

もちろん「本を読むのが好き」だから書店で働いている。だが「本」にもいろいろある。「カラマーゾフの兄弟」や「ツァラトゥストラはこう言った」が「本」なら「鬼滅の刃」や「転生したらスライムだった件」も「本」なのだ。そして書店員の多くは「カラマーゾフ」をスルーして「鬼滅」を読む。こういう人を「読書家」と呼ぶべきか否かは議論の余地がある。だが彼ら

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「緊急事態宣言」中の書店事情

「緊急事態宣言」中の書店事情

世間は緊急事態宣言の真っ只中ですが、都内の書店のほとんどは時短で営業を続けています。

当初、今回は昨年とは違って書店も休業要請の対象に入っていました。それが外れた理由は何なのか。「ロフトやユニクロは閉まっているのに本屋は営業中」という商業施設もあるみたいですね。

これは「書店員=エッセンシャルワーカー」というお墨付きを得られたと考えてよろしいのでしょうか? 本は水や食料と同じ生活必需品であり、

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ハードボイルド書店員日記㉟

ハードボイルド書店員日記㉟

「書店員としていちばんやってみたい仕事は何ですか?」
以前勤めていた職場の採用面接で訊かれた。相手は店長である。白髪を黒く染めた背の高い男性だ。佇まいが加藤和彦に似ている。「好きな本だけを集めてフェアをやりたい」と答えた。「そりゃさすがにムリだよ」口元で金歯が光った。その日の夜に「採用」の連絡が入った。

「この店、来月閉店するから」
一年半後、退勤しようと事務所に入った私に店長はいきなりそう伝え

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