【連続小説12】愛せども
世田谷区の外れにある木造アパートに、リサと僕は住んでいる。地下の改札から地上に出て、駅前の繁華街を抜け、スーパーの脇を通り、住宅街に入っていく。電車に乗れば都心にもすぐに行けるし、最寄り駅付近にだってアパレル店、雑貨屋、たくさん店があり、欲しい物はだいたい手に入る。
ここに越してきた頃、休日になるとよくリサとこの辺を散歩した。家の近くを歩くだけだが、デートみたいなものだった。
引っ越してすぐ、僕は池袋のコールセンターでアルバイトが決まり、毎日電話営業に明け暮れていた。ほぼ全員に断られ、怒鳴られることも多いきつい仕事だったが、契約を取れた分は来月の時給に反映されるので、僕は一生懸命仕事をした。こけたら来月の時給が下がるという危機感もあった。
引っ越してすぐの頃には、リサも仕事をすると言っていたが、探しているふりをしたり、3ヶ月後に働くと先延ばしにしたりして、なかなか働いてくれなかった。当然、その分、僕に負担が掛かった。イラついて喧嘩をすることも多かった。
僕はコールセンターで日中働いたあと、夜にウーバーイーツをやった。休日は、疲れて動く気がしない。出掛けたりデートをしたりなんて、もう全然しなくなっていた。そんな日の朝。
窓際にベッドを置いているので、薄緑のカーテンから朝日が入り、目が覚める。スマホを見ると、時刻は8時。まだ全然眠れる。そのとき、画面に違和感を感じた。よく見ると見知らぬ少年の写真が背景になっていた。何だこれは。だれ?
横ではリサが眠っている。たぶん間違いなく、この女の仕業だろう。
「ねえ、ちょっと」声を掛けるがリサは起きない。リサが勝手に僕のスマホをいじることにはもう慣れた。だが、知らない男の子が背景に設定されているのは、さすがに気持ち悪い。わけを知りたいので、肩を揺すってリサを起こす。
「なに」
「この写真、だれ」
数秒空き、リサは答える。
「ああ…子ども」
「それは見ればわかるんだけと、だれこれ」
「私とミチの子ども」
どういうことだ。僕との子どもの写真?
「二人の写真を入れると子どもの顔写真が出てくるアプリがあるの。子ども、欲しいなって思って。育ててみたい」
ペット感覚で言っている。こんな状況で結婚なんてできないし、子どもなんてまったく無理だ。自分の理想を付けつけてきて、それに向けて動かされる。こんな生活が、馬鹿馬鹿しく感じられた。
言い返す気力もなかった。もう一度寝ようと思いつつ、何となく背景をスライドすると、また男の子の写真が設定されていた。それは、一枚目とは違う男の子の写真だった。
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