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【連続小説21】愛せども

「これでいつでも見ていれるね」
そっちは見ていれるわけだが、こっちは見られている側だ。こんなプライバシーがない環境にいたら、頭がおかしくなってしまう。

「もう一個深くつながろっか」
そういって、リサは自室からゆっくりと出てくる。手を差し出して、僕のほうを見つめ、
「スマホ」と呟いた。
またこのパターンだ。スマホを他人に渡すのには抵抗があるし、そんなことすべきではない。この話を何回もしたのに、まったく通じなかった。僕はもう諦めている。リサには、従うしかないんだ。そうすれば、すべて上手くいく。

僕は黙ってスマホを渡した。リサはしばらく操作してから、僕にスマホを返し、何事もなかったかのように自室へ戻ろうとする。
「ちょっと待って。スマホでなにしたの」
「なんでもいいでしょ」
「いいわけないよ」
ヒートアップした僕の声が部屋に虚しく響く。
沈黙のあと、リサは口を開いた。
「GPS交換した」
また一つ、僕のプライバシーがなくなった。

リサは部屋へ入り、僕は絶望に打ちひしがれるように、ソファーへ倒れ込んだ。そして、リサに見られている。
外部からのストレスは、新しく加わった瞬間が最も苦痛に感じ、その後は時間が経つにつれて慣れていく。受け入れさえしてしまえば、そのうちストレスですらなくなる。リサとの生活で、そんなことを実感した。

気分転換に外の空気を吸いたくなり、ソファーから腰を上げ、玄関へ向かう。
「どこ行くの?」
スピーカーからリサの声が響く。GPS交換までしたのに、行き先の報告までしなければならないのか。
「散歩に行くだけだよ、特にどことも決めてない」
「外に出るなら、眼鏡をしてね。テーブルにある」
テーブルには普通の黒縁眼鏡か置いてある。意味がわからないが、そうしろと言うならやるしかないので、眼鏡をかけた。特に見え方は変わらない。なんだこれ。

そのまま玄関で靴を引っ掛けドアを開けた。太陽の光が眩しく目に入ってくる。いま僕が生活している日常は、この世界とは関係ないと思う。世の中から取り残されて、リサと二人だけの世界で、お湯にぷかぷか浮いている。

歩いていると、少しずつ違和感を感じ始めた。すれ違う人の顔が皆、おじさんなのだ。そんなはずがない。今すれ違った人は、服装は若い女性のようなのに、顔がおじさんだった。僕は驚いて眼鏡を外す。そこには、おじさんばかりではない普通の世界があった。

急いで家へ帰り、リサの部屋の前で叫んだ。
「なんなのこの眼鏡!」
「AIが搭載されていて、女の顔を全員おじさんに変換してるの。これならキミが他の女の顔を見なくて済むでしょ」
リビングの遠隔スピーカーから、リサは至極真っ当のように言った。

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