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日記じゃないもの

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日記以外をまとめたものです。
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2022年3月の記事一覧

拝啓(春)

拝啓(春)

 冬の縮みこむような寒さの頃を少しずつ体が忘れていき、まだ肌寒い気温の中にも太陽の陽気を含んだ風のやわらかさに触れると、季節の変わったことをそっと告げるようです。

 殺風景だった木々の枝からは幼い若葉が飛び起きるように顔を出しはじめ、松などの針葉樹はその葉の色がより一層つややかになっていき、冬には見向きもしなかったその鮮やかさに驚かされる毎日です。

 近所の小川沿いを夜に歩いていると、雲一

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【掌編小説】二流の人

【掌編小説】二流の人

 同い歳におもむろに背中で語られると癪に障る。それは動物の本能がむき出しになるようで自分でも嫌になる。これが歳が一つ上だとか下だとかになると不思議なことに全く割り切って興味が失せる。

 ここにひとりの天才がいる。全く正気なようだが、とはいっても常人のそれとは違って、私からすればイカれている。しかし人格が破綻しているわけでもなくて、それは実に緻密な芸術的つくりをしている。そして彼のせいで周りの人

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余白の魅力

 人は余白に幻想を見る。だから、真っ白なものは汚したくない。

 ところが誤って手を付けたが最後、そこには得てして思ったものとはかけ離れたフランケンシュタインが出来上がる。だから私は手を付けるのが恐い。かといってそれを恐れると、今度は流れるままに時は過ぎて、それはそれでやっぱり不完全なものが出来上がる。

 未来というのもその類いで、これほど輝かしく見えるものはない。卑屈になって絶望したつもりで

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【掌編小説】いかさま師

【掌編小説】いかさま師

 私はここでトランプをして、人が来るのを待っている。蜘蛛が巣を張るようにただ静かに、それが迷い込んでくるのを待つ。

 見えているものが全てではない。真っ暗闇まで隅々見えると安心するとき、どんな匂いでどんな音が鳴っているかは知らない。何かがおざなりになる。人間にはどうしても隙ができる。

 そして人間は怠け者で、楽な方を好む。いつも神経過敏に不安がっていると疲れる。だからその苦労から解かれたい

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判別できなくなるまでやればいい

判別できなくなるまでやればいい

 多様性の時代である。もちろん大歓迎だ。

 ところが蓋開けてみたら、それにかこつけた傲慢まみれのわがままと屁理屈の大集合といった有様だ。それどころか互いに押し付けあうばかりで、自分が理解することには疎い。これではなにが大切かますます分からなくなる。言ってるそばから私のモラル感覚もどんどん乱される。

 だからもういっそやりたいようにやればいいと思う。なにが良くて何がダメか判別もできないほどに無茶

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【ショートショート】新聞勧誘

【ショートショート】新聞勧誘

――アパートにて

勧誘A「すみませーん。あれ、いないのかな」

〈 住人B・ドアを開ける 〉

勧誘A「よかった、いらしゃったんですね。あの○○新聞なんですけど、うちの新聞とってみませんか?」

B「・・・」

勧誘A「社会情勢知るにはやっぱり新聞ですよ。勉強にもなります。損はさせません」

B「・・・」

勧誘A「もちろんそれだけじゃないです。野球の観戦チケットもつけますよホラ! 野球お好きで

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【ショートショート】記憶泥棒

【ショートショート】記憶泥棒

ーー交番にて

A「助けてください。盗まれました」

巡査「それは大変だ。なにを盗まれたの?」

A「え、忘れました」

巡査「なにか犯人の背格好とか覚えてる?」

A「忘れました。でも、あいつに盗まれたんです。あいつですよ。」

巡査「誰なのそれは?」

A「忘れました」

巡査「う〜ん。それだけ分からないとどうにもできないな」

A「お前、高校の後輩だろ。さっきからタメ口使ってんじゃねえぞ」

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桜のトゲ

桜のトゲ

 なにぶん桜の季節である。日本に住んでいると、「生命は大なり小なり咲き誇っていずれ散る」という人生観を植え付けられる。美しいものにはトゲがあって、桜はその美しさと引き換えに、そんな儚い人生観を受け入れさせる。

 世の中、知らなくていいものばかり。くだらないものに目がくらむ。浦島太郎が竜宮城を知らなければ、なんと平穏に過ごしていただろう。余計な心配が、私の心をざわつかせる。そして美しいものは無責任

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帰らない人たち

帰らない人たち

 振り返って、かつて居た場所での自分のことを覚えているだろうか。それを妙に大事にしたり、割り切って捨ててしまったり、どちらが正しい選択なのか。自分がどこにいるかも無意識に流れるように流れるままで私にもよくわからない。

 最近、芸人のお笑いが私の頭のなかで一旦飽和に達したこともあって、全くそれまで縁がなかったアイドルのバラエティを見始めた(これ書くのすごい恥ずかしい)。しかし、アイドルはアイドル

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【ショートショート】前略、ハワイにて

【ショートショート】前略、ハワイにて

 ハワイのアラモアナショッピングセンターの辺りを歩いていると、その隣に金閣寺があった。金閣寺はあいにく工事中だった。近くに作業着を着て缶コーヒーを飲んでいたトミーリージョーンズがいたので、「なんの工事ですか?」と聞いた。なるほど金閣寺を銀閣寺にするらしい。

 「2つ目の銀閣寺ができる」。日本へ帰ってこのことを友だちの足利義政に教えてあげた。そのことで一通り盛り上がったあとに、彼は「銅閣寺を建て

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【パロディ】高村光太郎「あどけない話」

【パロディ】高村光太郎「あどけない話」

智恵子は東京に空が無いといふ、

――いきなり変なこと言うなよ。空はあるだろ。

ほんとの空が見たいといふ。

――もっともらしいこと言ってんじゃないよ。向こう行きなさい。

私は驚いて空を見る

――え、あるよな。なに言ってんだ。

桜若葉の間に在るのは

切つても切れない

むかしなじみのきれいな空だ。

――はい、空ありま~す。論破っと。もしかして宇宙のことソラって読んでんの

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「山のあなた」

「山のあなた」

 幸せって雲を掴むことに等しいのではないか。        

 「幸せ」を見たいとき、文字通りの「幸せ」なんてものはなくて、環境とか体験とかなにか一枚挟むことで、ようやくその片鱗を感じとる。

 ところが、その覆った布をひっぺがして、正体を見ようとするとたちまちどこかへ逃げてしまう。

 そうして、人々は涙さしぐみ帰ってくる。でも、それでいいのだと思う。きっとソレを「幸せ」と名付けた人も知らずに

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目を閉じて

 1890年、オディロン・ルドンは「目を閉じて」という題の絵を描いた。本当は画像を入れたかったが、フランスの著作権をよく知らないので文章だけの説明になります。すいません。

 それでどんな絵かというと、男とも女ともつかない中性的な顔立ちをした長髪の人物が、半裸で水面から肩より上だけを出して、ただ目を閉じてるというもの。

 色調は全体的にぼんやりと暗めで、そして水彩画のように淡い。しかし夜明け

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