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【掌編小説】いかさま師

 私はここでトランプをして、人が来るのを待っている。蜘蛛が巣を張るようにただ静かに、それが迷い込んでくるのを待つ。 

 見えているものが全てではない。真っ暗闇まで隅々見えると安心するとき、どんな匂いでどんな音が鳴っているかは知らない。何かがおざなりになる。人間にはどうしても隙ができる。 

 そして人間は怠け者で、楽な方を好む。いつも神経過敏に不安がっていると疲れる。だからその苦労から解かれたいと願って、人は信用という行為に走る。その鎧を脱ぐまでただゆっくりと待つ。それまでは羊の皮をかぶって、ただ羊に徹する。 

 世の中知ったつもりでいるボンボンなんか特に良い。それはここでは自ら丸腰であるのと同じだからである。しかし、誰に対しても敬意をもって丁寧に接する。私も同じ綱渡りの上にいることを忘れないためである。 

 奇策は、正攻法を100回やってこそ奇策たりえる。奇策だけでは意味をなさない。だから、いかさまは無闇にやらない、そして自惚れてタネを明かすこともしない。紳士とはそういうものである。 

 これは風が体を通り抜けるような自然の事象である。当人にはなにが起きたか知らせず、ただ楽しんでもらう。こちらは敬意をもって、それに努める。ただそれだけのことだ。罪悪感は必要ない。ささやかに嘘を楽しみ、ささやかに隠すことを楽しむ。必要なのはそれだけである。 

 と言ってる間にだれか来たようだ。私はテーブルにいる奴に合図を送る。はじめ何回かは負ける。丁寧な手順で。 

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