記事一覧
【短編小説】 クリオネ
「透き通るような肌」というよく聞くフレーズが本当に薄っぺらく聞こえる信じられない白い肌を純子は身に纏っていた。
大きな帽子と長く伸びた美しい黒髪、真っ赤な口紅、そしてその肌は黒いノースリーブのワンピースに映えてとても魅力的だった。
初めて純子に会ったのは今時珍しいレトロな喫茶店だった。
彼女は隅の窓側の席で静かに紙の文庫本でボードレールの詩集を読んでいた。
達哉もこの店には時々来るが彼女と会った
【短編小説】 〜7つの扉〜 ガーディアンエンジェル(守護天使)との再会4
「アンジェ」と言う名のレストランは確かこの辺りだったはずだ。
最後に行ったのはもう10年も前になる。この歳になると10年なんてあっという間に過ぎる。
アンジェは芸能人やらミュージシャン、俳優がお忍びで来る店で向かいの席にどこかでみたことがある顔だと思ったら最近海外の大きな映画祭で賞をとった女優だったり、音楽フェスでトリを務めたシンガーだったりする。
彼らがオフの時間、つまりスイッチが入っていない時
【短編小説】 ガーディアンエンジェル(守護天使)との再会3
住み慣れた街、北青山。あらためて歩いてみるといい所だなと思う。普段せせこましく動き回っていると全く気にかけないようなことも新鮮に写る。
なにしろ全く余裕のない生活をしていたからな。クライアントの信頼を損ねないためにかなり無理をして仕事を期日までにやり遂げ、明らかに理不尽と思われる要求も飲んできた。期待されたこと以上の結果を出し、その分のギャラも要求するというスタイルはプロとして当たり前だと思ってき
【短編小説】 ガーディアンエンジェル(守護天使)との再会 2
このベンチに座っていてもどうしようもない。何かが変わるわけでも問題が解決するわけでもない。昔読んだ自己啓発本に「迷った時は動いてみろ」と書いてあったのを思い出し場所を変えてみようとKは思った。
そういえばその本には「やらずに後悔するより、やって後悔した方がいい」とも書いてあった。だが自死がこの言葉に当てはまるとはどうしても思えない。
「何かを決断をしなければならない時、自己嫌悪の少ない方を選ぶ」
【短編小説】 ガーディアンエンジェル(守護天使)との再会 1
ベンチにて
Kは銀杏並木が続く道端のベンチに一人で座っていた。
つい2ヶ月ほど前までは特別にひどいことがあったわけじゃない。いや、あったのかもしれないがなんとか生活はできていたしこうやって今も生きている。
会社は借金は増えつつも、なんとか融資を受けつつビジネスを続けていた。自分で会社をやっている者ならわかると思うが起業したあとの金策の悩みは尽きないものだ。常に困難と立ち向かっていなければならない
【短編小説】カーゴ・カルトの罠 ある起業家の哀しい物語
Kは「世界でもトップのIT 起業家になるという夢を持っていた。そして大成功しあらゆるメディアに出演して大金持ちになるといつも口にしていた。
アップル社の前CEOでiPhoneおよびiPadを世に送り出したスティーブ・ジョブズが彼のお気に入りだった。それ自体全く悪くないお手本だし夢を持つことも大切なことだ。
スティーブ・ジョブズは余計なことを考えるエネルギーを減らすために毎日同じ服を着て、一切の
【短編小説】 歩道橋にて 過去の彼女に会いに行く旅
11月30日
もう12月になる。一年が経つのは早い、早すぎるんだ。
もう少し月日が経つスピードを緩めてくれないか、と偉大な存在なるものに心からお願いしたい。
そんなKの願いが聞き入れられたのかもしれないが、今日は暖かくてまるで小春日和のような天気でいつもより時の経つのがゆっくりのようだ。いや、むしろ時間が少し戻っているような感覚さえあるこんな日は理由もなくいいことが起こる様な気がする。
Kはい
【短編小説】見上げればいつの間にか秋の空
失笑恐怖症という病気があるらしいことを最近知った。
緊張や不安、過度なストレスを緩和させるために脳が防衛本能で強制的に笑わせている病気で絶対に笑ってはいけない状況で笑ってしまう病気だ。
若い頃、私は場の空気を全く読まない男と言われていて会社の上司が激怒して説教をしている時も大笑いして周囲を唖然とさせたものだった。友人が交通事故に遭った時も、恋人と別れて大泣きしている時も私は大笑いしたものだった。
【短編小説】エリック・クラプトンやジェフ・ベックになりたかった日(あの選択をしたから (1))
来る日も来る日も暑い暑い日々が続いている。
今年の夏は全く暑過ぎるよ。Kはヘッセの小説にあったセリフを力なく呟いた。2023年夏は史上最も高温になり、過去最高の2010年を上回る見通しらしい。これだけ暑いと外に出る気など完璧になくなるのだが、それでもどうしても外出しなければならない時はその瞬間にうんざりする。暑さで方向感覚を失ったセミが顔にぶつかってきた。歩道を渡ろうと信号待ちしている時に暑さゆえ