見出し画像

【短編小説】 〜7つの扉〜 ガーディアンエンジェル(守護天使)との再会4


「アンジェ」と言う名のレストランは確かこの辺りだったはずだ。
最後に行ったのはもう10年も前になる。この歳になると10年なんてあっという間に過ぎる。
アンジェは芸能人やらミュージシャン、俳優がお忍びで来る店で向かいの席にどこかでみたことがある顔だと思ったら最近海外の大きな映画祭で賞をとった女優だったり、音楽フェスでトリを務めたシンガーだったりする。
彼らがオフの時間、つまりスイッチが入っていない時間は全く普通の人だがリラックスしてランチやディナーを楽しんでいる。
一般の人、例えば料理や店内をスマホで撮ってSNSに上げるようなバカな奴らはこの店の何とも言えない雰囲気を感じて入ってこないが、時々鈍い奴らが入ってくる時もある。だが5分と持たずに出て行くことが多い。強制的に自分の身分を感じさせられてしまうんだ。
ここにKが入れるようになったのは、友人のJUNのおかげで彼は音楽界では有名なプロデューサーでこの店の常連だったんだ。
お互い忙しかったこともあるがJUNとはいつの間にか会うことも少なくなり、スマホでメッセージをやり取りするだけの仲になりそしてそれもフェイドアウトしていった。
そのうち落ちついたら会えるだろうと思いながら10年たってしまった。そんなことはよくあることで自然なことだ。

六本木のはずれ、小さな白いビルの地下にあるアンジェは19世紀ヨーロッパ絵画やリトグラフが飾ってありサティが控えめに流れる空気感、あの時のままだ。
Kは赤ワインを頼んだ。

ふと見るとヴィルヘルム・ハンマースホイの室内画が7点飾ってあった。
「ハンマースホイなんてあったかな?」
「昔来てた時は夜だったし、なにしろあれから10年たってるしな。」
記憶はいつも曖昧だ。
隣の部屋に続く扉が描かれていて、外に続く窓が少しだけ見える。
この扉を抜けた先には光があることを期待させるとても魅力的な作品だった。
人物が登場しない冷ややかさと静寂に包まれたこの作品は今のKの乾いた心を打った。
ハンマースホイの室内画は身近な日常を題材にした、特にわかりやすく親しみやすいその画風は19世紀前半のデンマークの首都コペンハーゲンで人気があった。
「何気ない日常」そうだ、これこそKにとって今最も必要なものだ。
あえて人物を描かない、わざとらしさがないシンプルに「部屋の美しさ」だけを表現したハンマースホイ。
Kは張り詰めた気持ちが抜けていくのを感じたと同時に空腹を感じた。
「ところでさっき頼んだランチはまだかな?」

ヴィルヘルム・ハマスホイ 室内―開いた扉、1905 デーヴィズ・コレクション蔵 



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?