【短編小説】 ガーディアンエンジェル(守護天使)との再会 2
このベンチに座っていてもどうしようもない。何かが変わるわけでも問題が解決するわけでもない。昔読んだ自己啓発本に「迷った時は動いてみろ」と書いてあったのを思い出し場所を変えてみようとKは思った。
そういえばその本には「やらずに後悔するより、やって後悔した方がいい」とも書いてあった。だが自死がこの言葉に当てはまるとはどうしても思えない。
「何かを決断をしなければならない時、自己嫌悪の少ない方を選ぶ」とも書いてあった。死んだ後自己嫌悪とかなんだとか、そんな感情が湧くのかどうかわからないが少なくても満足することなど考えられない。だいたい「自己嫌悪の少ない方」という単語を歩きながらスマホで検索してみると「自己愛」「自己肯定感」「自愛」という言葉がたくさん出てきた。それは自死とは対義にある言葉だ。
自己啓発本なんていいかげんでクソみたいな代物だな、と今更ながら気がついた。スマホを見ながらそんなことを考えて歩いていると、危なく銀杏の木にぶつかりそうになった。「Shit!」
「そういえば腹が減ったな。ここ3日ぐらい何も食べてないからな」
この際Kは暴飲暴食、女遊び、その他身体に悪いことを全てやろうと思った。
つまり贅沢の限りを尽くして体調を崩せば死ねるだろう。もちろんある程度は苦しむだろうがそれは仕方がない。
そういえば最近、元過激派が49年逃げ回った挙句、道端に倒れて近所の住人に助けられて病院に運びこまれたのち既に手遅れだった病のため病院で亡くなる、というニュースがあったがああはなりたくない。もう少しクールにやりたいものだ。
なにしろ人生を強制的に終わらせるイベントをするんだ。ある程度は人様のお世話にならなければならないのは仕方のないことだ。誰にも迷惑をかけないでこの一世一代のイベントをやるなんてどだい無理な話だ。
このイベントに関わってくれた人たち、救急車の職員、病院関係者、斎場の職員などなど、その他にもいるだろうが、お礼としてささやかながらお金を包み彼らに渡してもらおう。丁寧に書いた手紙を添えて感謝の気持ちを伝えよう。それが人としての最低限のマナーのはずだ。「オレの人生を終わらせるイベントに協力してくれた君たちの未来に栄光あれ!」だ。
Kは銀行に行き、残りの貯金を全て引き出してポケットに入れた。
倒れた時の身なりもちゃんとしておきたい。見すぼらしい格好のまま死ぬのは絶対に嫌だ。Kはそれまで着ていたファストファッションの服を脱ぎ捨てアルマーニ製のスーツを買った。誤解して欲しくないがファストファッションが悪いわけではない。デザインも質もしっかりしているものを安く消費者に提供しようとする姿勢は敬服する。
だがやはりここぞという時はスーツを着てネクタイを締めなければいけない。Kは下着からソックス、身につけるものは全てアルマーニで決めた。
若い頃から憧れていたこの一流ブランドを見に纏うことは、自分のプライドを守る最後のこだわりだ。
Kはイタリアンレストランを目指し銀杏並木を出た。
そう、彼は新たなフェーズに向かって歩き出したんだ。
(続く)
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