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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その98


98.   京都のお侍様


「のぞみちゃんやん!ってことはここやな!」

「すごーい!真田くんやん!久しぶり!って言うか、よくここが分かったね?」

「うん。おばちゃんに住所聞いてんけど、まさか一発で当てるとは・・・」

「えっ?一発?」

「うん。203を一発で引き当てた。」

「あー。やっぱ分かりにくかった?ここに書いたんやけど、分からんよね、ぜったい。」


のぞみちゃんがドアの外に出て
木のドアの上の方を手で優しく摩った。


うっすらと鉛筆で書いた汚い字が見える。
たしかに203のように見えなくもない。
常磐木氏の字だ。


「きちゃない・・・いや、なんでもない。おる?奴は?」

「いるよ。奥に。あ、入って。」

「お邪魔しまーす。」


布団の上を歩いた。


おや?
奥の窓辺のカーテンの
下の板の間で
あぐらを組んで向こうを向いたまま座り
まるで今から刀を持って戦にでも行かんばかりの
侍のような背中があった。


私とのぞみちゃんの会話は聞こえているはずなのに
微動だにしないお侍様。


こちらを見ることなくそのお侍様は言った。


「そろそろ来る頃やと思ってたぞ。」


常磐木氏は私の顔を見ずに背中で言った。


まるで着物を着てちょんまげを結い、
左手には刀を握って立てている。
右手で何かを啜っている。
茶だ。


「京都は緑茶が🍵美味いな。おい、のぞみ。客人に茶を。」

「は、はい。」



ポットのお湯を急須に注ぐ彼女。



「今、ホットカーペットを敷布団の下にするか、上にするかで検証していた。下だと熱が来ず上だと熱すぎる。どうしたものか。」

「えー。もう下でいいやん。私そんなに寒くないで」

「拙者、冷え性が故・・・・」



足の指を手で揉んでいる。
どうやら足の先が冷えるようだ。


「ちょっと、お湯無くなったから下で水入れてくる!」


のぞみちゃんがポットを持って部屋を出た。


よく見たら常磐木氏がいる板の間以外は布団。
部屋中布団のように見える。
いや、
部屋のサイズが布団のサイズなだけだった。
やっとこちらに顔を向けた常磐木氏。



「準備は出来てるぞ。ビザもバッチリ、学校の休学手続きもバッチリや。後はなんや?飛行機のチケットとメシ代か。」

「すまん。俺まだ貯金出来てなくて、まさかのゼロスタートやねん。明日から猛烈にバイト入るわ。ギリギリ間に合うと思う。」

「心配するな。」

「えっ?!まさか?!」

「俺もゼロスタートや。」



顔を見合わせた瞬間、2人で大笑いした。


笑った瞬間、
現代に戻って来た私達ふたり。


「はははっ!いや〜!大丈夫やって!いけるいける!十分間に合うって。なんぼいんねんな?えーっと飛行機代が?なんぼや?直樹?」

「8万円くらいかなー。」

「あとはメシ代か。そやな、10万くらいあったらいけるやろ?最初の給料もらうまでの辛抱や。合計で18万。いけるいける。いつもの運送屋で20日間くらいやな。楽勝楽勝。余裕余裕。出発まであと何日やったっけ?」

「いや飛行機のチケット取る時に出発日決まるからな。4月中の出発すればOK言うてたし。それから佐藤さんに電話するから。8万円貯まった瞬間飛行機のチケット買いに行こうぜ!」

「オッケ!」

「飯代は適当でええか。日にちギリギリまで運送屋やな。」

「うん、そうやな・・・・」

「・・・・」

「えーっと。あいつ(のぞみ)はまだ反対してるねん。あいつも一緒に行くって言うて聞かへんねん。でもあいつは学校休まれへんからな。とりあえず夏休みに来るらしい。でも・・・・」



ガチャ!



「ただいま〜。ポット重た〜い。ん?何の話してたん?」

「いや、あの・・・・」


顔にすぐ出る私。


「カナダの話や。」


攻められる前に攻める瞬間を
逃さず、開き直った常磐木氏。


「あ、もう!絶対すぐ帰って来てや!ワーホリのビザって6ヶ月やろ?もう6ヶ月で帰って来たらいいやん。10月までかな。」

「いや、あれはたしか自動延長やろ?なぁ直樹?」



首を限界までこちらに回して
ウインク😉してくる常磐木氏。



「お、そ、そうや。自動や。」

「えーっ!そんな事書いてたぁ?」

「ほぼ自動で仕事先の会社が延長するらしい。」

「ホンマにぃ?」



常磐木氏が侍に戻った。


「ええやんけ!一年くらい!すぐやって!そんなこと言うてたらもう一生帰って来ーへんぞ!」


ぐずん😢

首の骨が折れたのかと思うほど頭を下に曲げて、
ぐすんと泣き始めたのぞみちゃん。



「もうええわ。ところで直樹、話の続きやけど・・・・」



我々は段取りの話を続けた。



無常だったかも知れない。
反対の立場だったらどんな気持ちなのか?
この時はそんなことを考える余裕はなかった。
私は去る側がばかりなのだ。


「この下宿はもう今週中には引き上げる予定や。もう大学も行かんでいい。来週から大阪に戻ってバリバリ運送屋やな。」

「うん!そうやな!」

「・・・・」

「・・・・」



泣く子が黙った。

三人でお茶を啜った。

私は居辛くなった空気を
お茶と一緒に吸い込んで噎せ返った。



「ごほんごほん!じゃあ俺はもう明日から運送屋のバイト行ってくるわ。」

「おー。そうしてくれ。」

「んじゃ。失礼するわ。」



2人の時間をこれ以上奪ってはいけないと思って
その場を去った。


帰り道の公衆電話から
メモしておいた運送屋さんの番号に電話した。


カチャリ。



「はい、うる星運送です。」

「あのー、そちらで以前アルバイトをしたことがある真田と申しますが・・・・」

「はい、えっーと真田君ね。家はどこやったかな?」

「〇〇町です。」

「なんや、すぐそこやがな。近いな。よっしゃ。真田君明日入れるか?」



いきなり明日と来る所が大好きだ。



「はい!いけます!」

「ほんなら明日は・・6時やな。6時に来てくれるか?」

「はい!」

「ほな、たのむで」



ガチャ。


あっけなく仕事は決まった。
これなら順調にお金が貯まりそうだ。



203号室以外の扉もノックすれば良かったと
電車に乗ってから思ったのだった。



〜つづく〜

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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

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