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《House & Restaurant》 不確実性を乗り越える発想は、知らないという前提から始まる
VUCAの時代と言われ、変化が激しく、不確実性が増している現代、いかに対応すべきかという議論がよく行われます。建築家の石上純也さんの制作姿勢から、不確実性を乗り越えるということを考えてみたいと思います。
洞窟のようなレストラン House & Restaurant〈maison owl〉
石上純也さんが設計した、山口県宇部市に作られた洞窟のようなレストラン・House & Restaurant〈maison owl〉。この建築模型や図面が、東京藝術大学美術館で開催されている「新しいエコロジーとアート」展(2022年5月28日〜6月26日)に展示されています。
そもそも、なぜ建築がアートの展覧会に展示されているのでしょう。
この展覧会のコンセプトをアーティスティック・ディレクターの長谷川祐子さんは次のように語っています。
アートが強いのは、調査、観察、新しい美学、方法でどうやって人の心に届くかというところ。「新しいエコロジー」とは何かを人に伝える翻訳者としての役割をもっています。
Sensory Learning(感覚を通した学び)によって、観る人の身体、意識や感性に働きかける「ミクロ」な視座と、データによる「マクロ」な視座を提示することが重要になります。
これからのアートは、分断された私たちを「共感」でつなぎ、動物や植物、モノなどを含む脱人間中心的な考え方を提示していくものとなります。
《House & Restaurant》を制作するにあたり、このステートメント通りの思考が活かされていること、新しいエコロジーというテーマに合致していることから選ばれたのだと思います。
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不確定要素を伴う建築
maison owlのオーナーは、石上さんの学生時代の友人、「できるだけ重々しい時間と共にその重みを増していくような建物、自然の粗々しさを含むような建物」という希望があったそうです。
この希望に対し、石上さんは歪みと不確定要素を伴いながら建築を立ち上げることを考えました。
穴を掘ってコンクリートを流し込み、周囲の土を掘りだすことに行きつきました。そうすれば完全に人がコントロールできるわけでもなく、土の状況や自然の状況に任せつつ建物を作ることができます。出来上がってくるものは、いつの時代のものとも判別できないものになるでしょう。古さがある種の新しさになるというか、いままで見たことのないような“古い”建築が出来上がってくることを期待しています。
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当初の計画では、コンクリートを流し込み固まったら駆体を掘り起こす。駆体についた土は洗い流し、灰色のコンクリートを露出させるというものでした。ところが、土がこびりついた姿が印象的で、そのまま残すことにしました。このときから、洞穴というコンセプトが生まれ、新たなイメージで建築を再計画したそうです。
しかも、実際の駆体と設計図との間に差異があり、予想もしなかった空間もできていました。
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通常のプロジェクトであれば、コンクリートで駆体を作ってしまったら、計画通り土を洗い流し設計図通りに建てると思います。土がついたままの方が当初の計画よりもよくなるに違いないという直観、そこから計画をしなおす潔さ、Sensory learningによってミクロとマクロの両方の視座で思考した結果と言えるのではないでしょうか。
完成したレストランの写真も展示されていますが、本当に洞穴の中のよう。土がついたままにしたことで、他では体験できないであろう素敵な場になっています。
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「知らない」という前提がもたらす柔軟な発想
石上さんの、状況に応じて大胆に計画を変更する柔軟な発想がどこから出てくるのでしょうか? まず面白いのは、「設計段階から結果がわかるものはつくりたくない。」と言っていることです。アーティストや研究者のような考え方ですね。でも、それが建築の本質だと語っています。
建築のクライアントは、完成像は見えなくとも、建築の可能性をそこに見いだすことができれば設計を発注します。プランどおりにでき上がる建築物というのはありませんし、不確定要素はどんな建築物にもある。答えが見えないところで、常に最良の道を探りながらデザインするのが建築の本質です。
The New York Times Style Magazine: Japan
不確定要素にあふれるプロジェクトを提案し進められるのは、徹底的にリサーチして知らなかった技術を取り入れていく姿勢にありそうです。
建築家は技術についても知っている部分はあるにせよ、プロジェクトをやり始めると知らないことが多い。もちろん同じ建物を何度もつくっていれば知識がつくかもしれないけれど、純粋にその場所に合ったものをつくろうとすると、前の敷地で使ったものは使えない。それでゼロからどうつくるのかをリサーチするわけですが、全然知らない技術があったりして、そのプロジェクトの設計の中で初めて使っていく。
自分が全部知っているという前提で設計を始めると、世界が狭まると感じます。だから、知らないということを前提として始める。とは言え、つくるのが不可能なものは関心がありません。どうつくるかわからないけれど、なんとなくこういう技術の組み合わせでできるんじゃないかという想像力が働いている。出来上がっていくイメージがあるけれども、その確信がないところをリサーチによって埋めていくわけです。
知っている前提で始めると世界が狭まる、知らない前提で始めるというところに秘訣があると思います。
リサーチして新しい技術を取り入れるというのは、かつて私たちが得意としてきたことでした。しかし、成熟する中で、「知らない」と言うことが難しくなり、守備範囲がどんどん狭くなってしまった。
提案する側が守備範囲が狭くなると同時に、決裁する側もゴールが明確になってないと判断できない状況に陥りがちです。
知らない前提にたって、リサーチすればなんとかなるという自信があれば、不確定要素の多いプロジェクトであっても果敢に挑戦することができます。
このような自信をもつのには、経験が必要だったり、そう簡単ではないでしょう。でも、まずは知らないという前提に立ち、Sensory learningによってミクロとマクロの両方の視座で沃野を観察することから始めてみてはどうでしょうか。
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