記事一覧

アガサ・クリスティ「そして誰もいなくなった」というタイトルの変遷

兵隊島という孤島におびき寄せられて客たちが次々と変死してゆくというミステリーである。 わたしがある女性とこの作品を話していたとき、「以前はインディアン島という別…

湘三郎
1年前
24

「ロリータ」ナボコフを読むために

ナボコフの小説「ロリータ」がロリコンの語源になったことは誰でも知っているが、意外と読む人は少なく、難解だという声も多い。 そこで簡単な解説を試みることにしたい。…

湘三郎
2年前
19

シベリヤに落ちた隕石

チェリャビンスクの隕石(2013年) ロシアのウラル地方チェリャビンスク付近に落ちた隕石のことは、明るくたなびく雲の映像がニュースで流されたので、まだ記憶に新し…

湘三郎
2年前
16

ヘロドトス「歴史」

無人島に持ってゆく1冊というのがあるが、自分にとってはまさにヘロドトスである。間をおいて3回読んだのだが、最後は前世紀のことなので久しぶりに字の大きくなった岩波…

湘三郎
2年前
15

イーペルは猫の街❓ それともイペリットガス❓

フランドル(フランダース)地方と呼ばれるベルギーのイーペルの町は猫祭りで知られており、多くの猫好きが訪れるらしい。 なんでも、この地で盛んだった毛織物工業の生産…

湘三郎
2年前
11

「戦艦大和ノ最期」吉田満

東大生だった著者は学徒動員され、連絡下士官として大和に乗り込み沖縄に向かう・・ 敗戦後に発表された吉田満の海戦記録である。 召集を受け海軍下士官として訓練中だっ…

湘三郎
2年前
11

「象を撃つ」ジョージ・オーウェル

「動物農場」や「1986」で知られるオーウェルのエッセイである。かれは英国のエリート校であるイートンカレッジを出たが、富裕層出身ではなく奨学金も得られなかったの…

湘三郎
2年前
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お台場と江川英龍

幕末になると日本近海には開港を求める黒船がひんぱんに来航し始めたので、危機を感じた幕府は目付鳥居耀蔵(あだ名は妖怪)と伊豆代官江川英龍に江戸の防衛を託した。 さっ…

湘三郎
3年前
21

ノビコフ・プリヴォイ「バルチック艦隊の壊滅」→「ツシマ」

京急「横須賀中央」駅から徒歩15分、海に面した「三笠公園」に日本海海戦の旗艦「三笠」が据えられている。内部を見学すれば、とうじの士官室の様子や砲の艤装などがうか…

湘三郎
3年前
7

震災ボランティアの思い出

まもなく東日本震災から10年ということで、自分も参加したボランティアの記憶をつづってみよう。 数多くの組織が被災地にボランティアを送り込んでいたが、PというNPOが…

湘三郎
3年前
14

大久野島  二つの戦争の記憶

瀬戸内海に浮かぶ広島県大久野島はウサギの遊ぶ島として人気が高いようだが、コロナ禍で国民休暇村が閉鎖されているせいで訪れる人も減り、ウサギだけが増えているそうだ。…

湘三郎
3年前
9

中南海 中国要人の住まい

中国は着々と力をつけ、いまや新冷戦は米中が主役となった感がある。 メディアによって中国要人の動静はときおり人民大会堂での演説の形で伝えられるが、ふだん彼らはどこ…

湘三郎
3年前
3

「ふらんす物語」永井壮吉(荷風)

漱石や鴎外は官費でヨーロッパに留学したが、大学を卒業した壮吉青年は私費でまずアメリカに渡り(あめりか物語)、つづいてフランスに遊んだ。 そんなことができたのも父…

湘三郎
3年前
10

プーチン宮殿

ロシアの反体制派ナワリヌイ氏が神経毒ノビチョクを盛られて死にかけたのち、ドイツでの治療を終えて帰国した。 氏を待っていたのは即時逮捕だったが、かつてのベニグノ・…

湘三郎
3年前
6

地球は青かった

第2次大戦の終結とともに始まった米ソの冷戦はソ連の崩壊時までつづいたが、それは軍拡だけでなく、さまざまな情報戦の形をとった。 そうした情報戦のひとつを紹介してみ…

湘三郎
3年前
4

マルタの鷹  ダシール・ハメット

ハードボイルド御三家といえば、D・ハメット、R・チャンドラー、R・マクドナルドだが、ハメットの「マルタの鷹」が傑出している。 村上春樹のようにチャンドラーに肩入…

湘三郎
3年前
7

アガサ・クリスティ「そして誰もいなくなった」というタイトルの変遷

兵隊島という孤島におびき寄せられて客たちが次々と変死してゆくというミステリーである。
わたしがある女性とこの作品を話していたとき、「以前はインディアン島という別の地名だったはず・・」と言い出した。
そこで調べたところ、島の名は「くろんぼ島」「インディアン島」「兵隊島」と目まぐるしく変わり、タイトルもオリジナルは1939年に"Ten Little Nigger Boys"で発表されたのだが、翌194

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「ロリータ」ナボコフを読むために

「ロリータ」ナボコフを読むために

ナボコフの小説「ロリータ」がロリコンの語源になったことは誰でも知っているが、意外と読む人は少なく、難解だという声も多い。

そこで簡単な解説を試みることにしたい。

ナボコフについて

作者ナボコフはロシアの裕福な家に生まれ育ったものの革命によって一家ともども国を追われ、ケンブリッジで学び、ベルリン、パリの亡命者グループの中での執筆活動ののち、アメリカに移った。

アメリカの大学でロシア文学の教鞭

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シベリヤに落ちた隕石

シベリヤに落ちた隕石

チェリャビンスクの隕石(2013年)

ロシアのウラル地方チェリャビンスク付近に落ちた隕石のことは、明るくたなびく雲の映像がニュースで流されたので、まだ記憶に新しい。

この隕石は付近の湖中から回収されたらしいが、まだ詳報はでていなのだろうか。

今回の隕石落下は、100年ほど前に同じシベリヤに落ちた別の隕石のメカニズムの解明につながったということだが、それについて書いてみたい。

ツングースカ大

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ヘロドトス「歴史」

ヘロドトス「歴史」

無人島に持ってゆく1冊というのがあるが、自分にとってはまさにヘロドトスである。間をおいて3回読んだのだが、最後は前世紀のことなので久しぶりに字の大きくなった岩波の新版を読んでみたい。その前に記憶をたどって概要を書いてみたい。

「歴史」には、古代ギリシャ存亡の危機であった前後4回にわたるペルシャ戦争の経緯が描かれる。

ヘロドトスののびやかな筆は小アジアに起こった諸国の興亡からひもとき、旅好きだっ

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イーペルは猫の街❓ それともイペリットガス❓

イーペルは猫の街❓ それともイペリットガス❓

フランドル(フランダース)地方と呼ばれるベルギーのイーペルの町は猫祭りで知られており、多くの猫好きが訪れるらしい。

なんでも、この地で盛んだった毛織物工業の生産物をネズミから守るために猫がたくさん飼われたらしいが、その猫を高い塔の上から投げ飛ばし・・

猫虐待の反省だか何かで祭りが始まったらしいが、これはここまでにして、さっそく主題です。

1914年に始まった第1次大戦は、航空機からの爆弾投下

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「戦艦大和ノ最期」吉田満

「戦艦大和ノ最期」吉田満

東大生だった著者は学徒動員され、連絡下士官として大和に乗り込み沖縄に向かう・・

敗戦後に発表された吉田満の海戦記録である。

召集を受け海軍下士官として訓練中だった吉田は、こんなエピソードを記している。

甲板ですれ違った水兵が反抗的な態度を示したので呼び戻し、顔を殴ったというのだ。

当時の軍隊では海軍も陸軍も上官が部下を殴ることは日常茶飯であり、むしろ教育の一環として奨励された節さえうかがえ

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「象を撃つ」ジョージ・オーウェル

「象を撃つ」ジョージ・オーウェル

「動物農場」や「1986」で知られるオーウェルのエッセイである。かれは英国のエリート校であるイートンカレッジを出たが、富裕層出身ではなく奨学金も得られなかったので大学には進まず、当時インド植民地の一部だったビルマ(ミャンマー)に警察官として赴く。そこで二十歳そこそこの青年の経験したものとは・・

英国植民地ビルマ(ミャンマー)の中堅都市モールメイン(モーラミャイン)で警察官として勤務するオーウェル

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お台場と江川英龍

お台場と江川英龍

幕末になると日本近海には開港を求める黒船がひんぱんに来航し始めたので、危機を感じた幕府は目付鳥居耀蔵(あだ名は妖怪)と伊豆代官江川英龍に江戸の防衛を託した。

さっそく二人は江戸湾沿岸の測量を始め、湾内に10幾つかの砲台を築くことになった。

その後の外交交渉等の進展の中で砲台築造は6か所ほどでストップしたのだが、品川沖に今なお残されたものが、いわゆるお台場である。

さて、ここから本題の江川(太

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ノビコフ・プリヴォイ「バルチック艦隊の壊滅」→「ツシマ」

ノビコフ・プリヴォイ「バルチック艦隊の壊滅」→「ツシマ」

京急「横須賀中央」駅から徒歩15分、海に面した「三笠公園」に日本海海戦の旗艦「三笠」が据えられている。内部を見学すれば、とうじの士官室の様子や砲の艤装などがうかがえる。

1904・5年の日露戦争時、旅順周辺での陸海戦ののち日本海で日露の主力艦隊が対決し、日本側の圧倒的な勝利となった。

バルチック艦隊の一水兵だったノビコフの戦記は、当初「バルチック艦隊の壊滅」と邦訳されたが、のちに原書どおり「ツ

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震災ボランティアの思い出

震災ボランティアの思い出

まもなく東日本震災から10年ということで、自分も参加したボランティアの記憶をつづってみよう。

数多くの組織が被災地にボランティアを送り込んでいたが、PというNPOが毎週金曜に新宿から石巻に10台ほどのバスを出していたので、GW明けにこれに乗ってみた。

数名に班分けされた参加者は宿泊所を提供され、1週間自炊しながら瓦礫撤去などの作業にあたるのだが、わたしの班は老舗料亭に寝起きした。

そこは北上

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大久野島  二つの戦争の記憶

大久野島  二つの戦争の記憶

瀬戸内海に浮かぶ広島県大久野島はウサギの遊ぶ島として人気が高いようだが、コロナ禍で国民休暇村が閉鎖されているせいで訪れる人も減り、ウサギだけが増えているそうだ。

ずいぶん昔のことだが、毒ガスの貯蔵施設跡を見るためにわざわざ出かけたことがある。

当時まだウサギは放たれていなかったが、旧軍用地を引き継いだ国有地は保養地に転用されていた。

毒ガス貯蔵庫はうえの写真のとおりズズ黒い骨格をさらしていて

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中南海 中国要人の住まい

中南海 中国要人の住まい

中国は着々と力をつけ、いまや新冷戦は米中が主役となった感がある。

メディアによって中国要人の動静はときおり人民大会堂での演説の形で伝えられるが、ふだん彼らはどこで暮らしているのだろう?

少し古いようだが、上の写真の右手にある正方形の堀に囲まれた地域が紫禁城であり、その左手にある三つの人工池のうち、中湖・南海周辺がその居住区域である。

国会にあたる人民大会堂は紫禁城天安門の前面にあるので、職住

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「ふらんす物語」永井壮吉(荷風)

「ふらんす物語」永井壮吉(荷風)

漱石や鴎外は官費でヨーロッパに留学したが、大学を卒業した壮吉青年は私費でまずアメリカに渡り(あめりか物語)、つづいてフランスに遊んだ。

そんなことができたのも父親が上級国民(高級官僚)だったからで、アメリカの大学では英語でなく仏語を学び、正金銀行(本店は現神奈川県立博物館)の支店などですこし働いたのち、大西洋を横断してリヨン支店に移った。

あまり熱心に働く気はなかったようで、乏しい給料の範囲内

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プーチン宮殿

プーチン宮殿

ロシアの反体制派ナワリヌイ氏が神経毒ノビチョクを盛られて死にかけたのち、ドイツでの治療を終えて帰国した。

氏を待っていたのは即時逮捕だったが、かつてのベニグノ・アキノを飛行機を降りたとたん射殺したマルコスよりはるかによい出迎えといえるのだろうか。

いっぽう、氏を支える反体制派がプーチンの不正を訴えるため、賄賂で築いたかれのものとされる宮殿をネットに暴露した。

なるほど、ロシアの保養地ヤルタや

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地球は青かった

地球は青かった

第2次大戦の終結とともに始まった米ソの冷戦はソ連の崩壊時までつづいたが、それは軍拡だけでなく、さまざまな情報戦の形をとった。

そうした情報戦のひとつを紹介してみたい。

ライカ犬を乗せたスプートニクの宇宙飛行につづき、ソ連はボストークでガガーリンを地球周回させたのち生還させ、世界をあっと驚かせた。出し抜かれたアメリカの驚きはいかばかりだったろう。

80年代のいつ頃だったか、NHK教育放送でBB

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マルタの鷹  ダシール・ハメット

マルタの鷹  ダシール・ハメット

ハードボイルド御三家といえば、D・ハメット、R・チャンドラー、R・マクドナルドだが、ハメットの「マルタの鷹」が傑出している。

村上春樹のようにチャンドラーに肩入れする向きもあるので、後段では比較のため「ロング・グッドバイ」にもかるく触れてみよう。

「マルタの鷹」あらすじ(最後のネタバレなし)

サンフランシスコの探偵サム・スペードは、秘書エフィいうところのノックアウト(超美人)から依頼を受ける

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