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「象を撃つ」ジョージ・オーウェル

「動物農場」や「1986」で知られるオーウェルのエッセイである。かれは英国のエリート校であるイートンカレッジを出たが、富裕層出身ではなく奨学金も得られなかったので大学には進まず、当時インド植民地の一部だったビルマ(ミャンマー)に警察官として赴く。そこで二十歳そこそこの青年の経験したものとは・・


英国植民地ビルマ(ミャンマー)の中堅都市モールメイン(モーラミャイン)で警察官として勤務するオーウェルであったが、どうにも居心地がよくない。

英国帝国主義の欺瞞を日々見聞きすることががそうさせるのであり、一方では被支配者である黄色い顔のビルマ人たちの悪意をひしひしと感じる。


あるとき町の反対側にある警察署から暴れている象を鎮めてほしいという要請が入り、オーウェルは小型銃を携えポニーに乗って出かけていく。

途中のビルマ人たちの話によると象は発情して暴れているようだが、あいにく象使いは反対方向に向かってしまったという。狂った象は民家を破壊し、果物屋をひっくり返して売り物をむさぼるが、住民たちにはなすすべがない。

象の暴れだした場所は町でもひときわ貧しい地域で、住民たちの語る情報はまちまちで信用するに足りず被害の跡も見当たらなかったので、オーウェルは虚報なのだと判断しかけた。そのとき住民が騒ぎ出したので駆けつけてみると、インド人クーリー(苦力)の踏みつぶされてひしゃげた死体が眼に入った。

オーウェルの持つ銃では象を倒せないので、当番兵をやって大口径のライフルを取り寄せ象を追うことにした。

それまで住民たちはさほど関心を示さなかったが、英人警官が象を撃ちに向かうと知り、オーウェルの後に群衆がついてきた。このときオーウェルには象を撃つつもりはなく、ライフルは護身用として手にしている。

民家の建て込む丘の下にひろがる水田のあたりに象がたたずんでいた。おとなしく草を食べている様子は発情が収まったように見受けられたので、オーウェルは象を撃つ必要はなくなったと考えた。しばらく様子を見てから引き返せばいいのだ。

だがいまや群衆は2,000人あまりに膨れ上がっており、その顔は興奮と期待にみなぎっている。そのときオーウェルにはわかってしまった。支配者の一員である自分はかれらの要望に応えて象を撃たねばならないのであり、中止することは支配者の資格を失うことになるのだ。撃たずにスゴスゴ引き返す白人の姿は興ざめというよりも敗北者のそれに違いない。笑い者になるわけにはいかないと決心したオーウェルは象に近づくと伏射体勢をとった。

象は横向きだったので、照準を脳の前方にあわせると引き金を引いた。手応えあったが象は倒れなかった。全身に痙攣が走り、力の抜けた体はやがて膝をついて涎を流した。このときオーウェルは知らないのだが、象の脳は左右の耳の中心にあり、確実に倒すにはもう少し後ろ、つまり耳穴を狙わねばならなかったのだ。

のたうつ象に向かってオーウェルは残りの弾丸を撃ち込むが、苦しみは増すだけで一向に倒れない。とうとう逃げ出したオーウェルは、後になって象が死ぬまでに30分かかったと聞かされた。おおぜいのビルマ人たちは籠とナイフを持ってきており、肉を切り取られた象はたちまち骨と化したという。


話のポイントは、いやいやながら自らの意思に反する行動をとらざるを得ない状況に追い込まれたということであり、誰にでもある経験だろう。

特異な例だが、終戦末期の特攻隊員のことを思ってみればいい。若いかれらは進んで特攻を志願したことになっているという。上官は隊員のひとりひとりに意思の有無を確認したことになっているのだが、お国のためだとか家族を救うための犠牲心といった言葉をほのめかし、任務遂行を強制したのだ。同僚たちが次々に志願を示すなか、反対意思を見せることは事実上不可能だったことは容易に想像できようというものだ。




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