ミャンマー入国予定日

4月にミャンマーへ出向いて風呂に入ってラーメンを啜る予定でいたのだが、延期が続いている。これを見て「風呂なんてどこでも入れるじゃねーか」と思っていませんか?それが違うのだよ。ミャンマーの東屋ホテルで入る露天風呂は次元が違う。同じフロアにBARが併設され、風呂上りに秒で、この絶景を眺めながらビールが飲める。

最高かよ!!!!!

そんなわけで、今か今かとミャンマー入国を待ち望んでいるわけなのだが、

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ミャンマーに1ヶ月滞在して見つけた!ヤンゴンの本当においしいレストラン12選

こんにちは!2016年から2020年にかけて世界88都市で暮らしてきたジュリアです。2019年の12月から1月にかけて1ヵ月ほど、ミャンマーのヤンゴンに滞在していました。美味しいものはないかと1ヶ月食べ歩いたレストランの中から、美味しかったお店だけご紹介します。滞在が長かったので、ミャンマー料理以外のお店も開拓しました。前半はミャンマー料理、後半は中華や日本料理を紹介しているので、ヤンゴンに行かれ

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フォローしてくれたら嬉しいにゃん♡ (トルコ)
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ミャンマーのバガンは気球と遺跡で2度楽しめる!

アジア最後のフロンティアと呼ばれるミャンマー

1960年代から続いた鎖国とも呼ばれる軍事政権が民政化されたのは今からたったの7年前

そこから一気に改革に乗り出し、アメリカやEUからの経済措置も緩和されたことからそのような異名がついています。

”開国”は経済だけでなく旅にも影響が及びました。

以前のミャンマーはバックパッカーにとって超厄介な国でした。

というのも、陸路で入国ができませんでし

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ありがとう~(^^)
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【破戒】「湖畔を彷徨う人々」2/2

「いいか?チャンイー村は全体が丘になっている。

村を一望できる丘の上まで行って、写真を一枚撮ったら即帰るからな。

よし行くぞ!」

「うん……え?ちょっと待て!」

アクセルを吹かすモタサイの男を慌てて制止させる。

「写真一枚撮ったってしょうがないんだよ。

もっとこう、村の様子が判らないと・・・」

出発する前に確認するべきだったが、モタサイと私の間に認識の齟齬があるようだ。

「じゃあ、

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【破戒】「湖畔を彷徨う人々」1/2

ミャンマー・ムスリムのロヒンギャを見る目は冷たいものだ。
彼らの多くは英領東インドから入植してきた労働者の子孫で、仏教徒のビルマ族に囲まれて肩身の狭い思いをしてきた。
あまり波風を立ててほしくないというのが彼らの偽らざる本音だろう。

ヤンゴンのスーレーパゴダ前のモスクでムスリムに声をかけたときも、私がロヒンギャの語を口にするなり、彼は直ちに笑顔を引っ込めた。
「夕方の礼拝になると、たいてい隅っこ

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ミャンマーニュース!ロックダウン一部解除

はるかです。6月も毎日投稿頑張っていきたいと思います。
国内でのコロナ感染はなくなってきたので、外国帰りの人への規制以外は、少しずつなくなってきた印象です。もう少しで落ち着くかなって、楽観的に見ています。

ミャンマー人がミャンマーニュースを日本語で発信してみた

こんにちは。はるかです。
ミャンマーで日本語を勉強しています。
ミャンマーで今起きていることを、日本にいる大好きな日本人にお届けできたらいいなと思ってはじめました。
日本語はまだまだですが、少しずつ練習していきたいです。どうぞ、よろしくお願いします。

秘境×鉄道「ミャンマー篇」はほんとに秘境だった

NHKーBSでミャンマーの秘境を鉄道で巡る番組が放送されていたので観ていた。僕自身も3年ほどミャンマーで生活をして、各地方へも長距離バスでほぼ全州訪問していたのだけど、実は鉄道は殆ど使ったことがなかったので興味津々。

紹介される各地域が名前すら知らず、唯一判ったのは実際に訪れたシャン州のタウンジーやカックー遺跡だ。それもカックー遺跡まで鉄道で行けるなんてことも知らなかった。穏やかな景観と、旅先で

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ミャンマービューティー×Tokyo ビューティーのコラボプロジェクト Tokyo Beauty Channel

ミャンマービューティー×Tokyo ビューティーのコラボプロジェクト

Tokyo Beauty Channelの新しいムービーをアップしました。

今回は、いつも黒を選んでしまいがちなアイライナー。他の色の選び方についてご説明しています。
ネイビーブルーを使用使用しています。

This channel is makeup content by Myanmar's top beauty blog
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うれしいです
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あだ名は「健さん」

テレビや映画を見て、泣いたり笑ったりしますよね?
その裏で本気で泣いたり笑ったりしている人がいるんです。

「世界一キツイ仕事かもしれない…」

私は寝不足と空腹と疲労感で意識朦朧としながら、手から滑り落ちそうになるカチンコを必死で握っていた。

そう、助監督である。

私は映画大好き女子で、寄り道を経てから憧れの助監督の仕事に就いた。
年すでに28歳であった。
パシリの助監督としては遅いスタート

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