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短編小説

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『バリサク吹き・玲奈の場合 ~ジャズ研 恋物語 Another story 5』

『バリサク吹き・玲奈の場合 ~ジャズ研 恋物語 Another story 5』

 今日は、7月のとある日。
 昼過ぎに、学食に来た。菊田こと涼介との待ち合わせ場所だ。
 貧乏学生でごった返し騒がしいピークタイムを過ぎて、徐々に人の減っていく学食の窓際の席に彼は一人で座っていた。何も言わず歩み寄った。
 「涼介、お待たせ」と言って、隣に座る。涼介はテーブルの上に譜面を置いて、書き物をしているようだった。
 「大丈夫、ちょうど曲のネタが浮かんだから書いてたとこ」とのこと。
 「楽

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『その時差、7時間』

『その時差、7時間』

妻の桜子が、会社からのドイツのデュッセルドルフへの赴任を命を受けて、この部屋からいなくなったのは3年前。その前からふたりで借りていた部屋は、桜子がいないぶん、ひとりでは持て余すほどに広く感じる。たった1年ちょっとしか、ふたりでは居なかった。

こちらはいつものように仕事が終わるとすぐに、桜子に定型連絡のようなメールをする。"おつかれさん。今日はどんな感じかい? こっちは終わったぜ"と。

ドイツは

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『結婚式、準備しますよ』

『結婚式、準備しますよ』

「そろそろ打合せ行くで。準備はどや?」優斗が聞いてくる。あたしは「んー大丈夫」と答えて、少しの荷物をまとめて2人で部屋を出る。

今日は挙式前の最後の打合せだ。優斗は準備万端に資料を整えているようだった。マメというか細かいというか、あたしの出る幕はドレス選びぐらいのもんだった。後は全て彼が話を進めていた。こんなとこでもデキる男である必要はないけど、安心して彼の背中を頼りに見つめていた。

挙式会場

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『DINNER WITH FRIENDS・それぞれの場合 ~ジャズ研 恋物語 Another story 4~』

『DINNER WITH FRIENDS・それぞれの場合 ~ジャズ研 恋物語 Another story 4~』

 ある日の昼頃、大学で部活が一緒だった菊田から連絡が入った。オフィスを離れエレベーターホールで内容を思案しながら、電話を折り返す。
 「今度、数人で晩メシでもどうよ? 藤川さんも誘って、さ?」という中身。藤川は俺の彼女・桜子の苗字だ。二つ返事で快諾した。桜子もきっと喜んでくれるはず。
 オフィスに戻ると、営業課で直属の先輩の大貫さんが意地悪く言う。「篠崎、ヒマそうにしてっけど頼んだ資料終わってるん

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『セレンディピティ・沢渡美樹の場合 ~ジャズ研 恋物語 Another story 3~』

『セレンディピティ・沢渡美樹の場合 ~ジャズ研 恋物語 Another story 3~』

 先代の部長こと、ピアノの菊田先輩からモダンジャズグループの部長職を引き継いで、はや3か月。まだまだ分からないことだらけで手探り状態だけど、菊田さんからアドバイスもちょいちょいもらえてるし、同期や後輩のみんなも協力的で本当に助かっている。うん、これならやっていけそうだ、と少し自信がついた頃合いだった。
 そんな梅雨入り目前のある日の夕方に、スタジオでF年のアルトの篠崎さんに声をかけられた。
 「沢

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『今度は一緒に』

最愛の妻が夭折してから、そろそろ2年。
思い返すだけでも哀しい交通事故だった。

その日から1年ほどして、俺はある日、あんなに大好きだったはずの仕事を辞めた。
「どうしてまた急に…」と上司には言われたが、「とても業務を続けられる精神状態じゃありません。皆さまにご迷惑をかける前に辞めさせてください」と話を通してもらった。
それから妻の温もりや声、たくさんのふたりの記憶の詰まった部屋に引きこもり、彼女

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『ジャズピアニスト・菊田の場合 ~ジャズ研 恋物語 Another Story 2』

『ジャズピアニスト・菊田の場合 ~ジャズ研 恋物語 Another Story 2』

 部活ではF年(大学4年)となり、部長職から解放された俺はいま、スタジオで伴奏のピアノを弾いている。相手はバリトンサックスで同級生の玲奈だ。たまたまスタジオで出くわして、「菊田ァ~、ちょっとセッションしない?」と玲奈から持ちかけられたら断る理由が…うん、ないんだなこれが。これが彼女への宛てのない片想いというやつか。

 玲奈はバリサクらしからぬシルキーで繊細な高音から、エッジの効いた図太い低音まで

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『ランチデート』

『ランチデート』

 時計は11時半。有楽町のオフィスにいるあたしのもとに、携帯にメールが入る。旦那だ。"おひるどや?(^-^)"とだけ書かれていたが、それで状況は全て理解できた。ランチを一緒に食べよう、というお誘いだ。まったくもう、どんだけあたしのことが好きなんだ。でも、こういう誘いは嫌いじゃない。
 間もなく12時になろうという頃、「桜子さん、そろそろお昼ですけどどうします~?」と隣のデスクの後輩の瑞希ちゃんが聞

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『御茶ノ水での素敵な買い物 ~ジャズ研 恋物語 Another Story 1~』

『御茶ノ水での素敵な買い物 ~ジャズ研 恋物語 Another Story 1~』

 「わー篠崎先輩! ごめんなさいっ、お待たせしちゃいました…」彼女は改札の向こうから、いつもの清楚なファッションと肩ぐらいまで伸びた黒髪で、息を弾ませながら現れた。ちょっとうろたえる彼女も、またかわいい。口には出さないけれど。
 「ん、いいよー佐々木さん、気にするほどでもないさ」とJR御茶ノ水改札を出たところで待っていた俺は、彼女に向かって手を挙げる。普段、時間には正確な彼女でもこういう日があるの

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『SOMETHING』

『SOMETHING』

 「それじゃ、お先に失礼しまーす」
 営業部内の仲間に軽く挨拶をして、僕は西巣鴨のオフィスを後にする。5Fから下に降りるエレベーターを待っていると、「おお、おつかれさん」と後ろから声を掛けられた。営業本部長の古田さんだった。
 「ああ、お疲れさまです本部長。今日は早いですね」
 定時から45分程過ぎていた頃だった。普段は僕の帰りが早くて、本部長はデスクにいる…という光景が多かったからだ。
 「”働

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『夢の続きはわたしと』

『夢の続きはわたしと』

 わたしには、最近彼氏が出来た。
 彼はバツイチで、子供はいない。歳はわたしの3つ上。学生時代には同じジャズ研究会・通称MJGで同じ楽器で、「先輩」と呼んで一方的に慕っていた”あのひと”だった。

 叶わない恋だと学生時代は一度諦めた。だけど、去年の11月にたまたま顔を出した大学の部活の学祭のステージで彼と再会し、わたしはもう一度、恋に落ちたのだ。
 こんな奇跡が、この世界にはまだあるんだ…とわた

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『My One And Only Love ~ジャズ研 恋物語~ 21』

『My One And Only Love ~ジャズ研 恋物語~ 21』

 今日は久しぶりに、欅並木ではなくキャンパス内を歩いて部室棟に向かう。1号館のすぐそばで咲き始めた桜の樹のほとりで立ち止まる。この樹の下で、全てが始まった。はじめて桜子さんを見た場所。そうして当てもなく途方のない恋に落ちた場所。
 季節は3月…今日は桜子さんたちの卒業式だ。
 
 俺は部室のドアを開ける。中には数人の部員がいて、相変わらずテレビゲームに興じていた。またマリオカートだ。
 「おらぁ、

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『La Fiesta ~ジャズ研 恋物語~ 20』

『La Fiesta ~ジャズ研 恋物語~ 20』

 学祭はいよいよ2日目。
 代わる代わる部員たちの熱のこもったステージが繰り広げられる様子を見ながら、MJG全体のポテンシャルが上がっていることを感じていた。
 学祭では代々、部長のリーダーバンドがトリという伝統があるため、菊田組の【菊座衛門】は今年度のラストステージと決まっていた。桜子さんと俺のバンドは、そのひとつ前の出番だった。
 「そろそろだろ。篠崎、楽しみにしてるぜ」控室でビールを飲んでい

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『Just Friends ~ジャズ研 恋物語~ 19』

『Just Friends ~ジャズ研 恋物語~ 19』

 秋の訪れを感じさせる頃、俺はスタジオで練習していた。他のメンバーもいる中で、佐々木さんもいた。俺はサックスを提げたままピアノに座り、コードを鳴らしながらサックスを吹いていた。
 実のところ佐々木さんには、俺から一方的に気まずい空気を感じている。
 というのも先日のこと、生まれて初めて告白とやらをされたのだ。佐々木さんから。

 「篠崎先輩のことが好きなんです!」
 ある日の練習帰り、欅並木の途中

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