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#小説

冬の終わりの始まり

冬の終わりの始まり

梅がほころぶ季節となりました。

寒さがまだ厳しいこの時期に綻ぶ梅の花を、あなたが一番好きだと言っていたことを僕はずっと覚えています。

「冬の終わりの始まりなのよ」

あなたのその言葉が、僕は忘れられずにいます。今でもずっと、梅の花が綻ぶ季節がくるたびに、耳の奥の方でその声が寄せては引いていくのです。冬の空気の緊張感は、この時期は溶けることがなく、春まではまだまだ遠い。それでもあなたは、この季節

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今日が終わるときっと消えてしまうから、書いておきたいことがあります。

今日が終わるときっと消えてしまうから、書いておきたいことがあります。

日が長くなってきました。

仕事を終えた家路、空に瞬き始めた星を見つけることが楽しみだった12月は、慌ただしく過ぎ去っていきました。いつもより暖かい冬の日、見上げると帰り道の空は、橙色と紺色が陣取り合戦を始めているところでした。

12月を終え、1月が始まり、私は昨日あったものが今日も同じようにあるとは限らないことを再び教えられました。誰かの犠牲の上で学ぶことは胸が苦しく、そして悲しいと感じます。

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ねえ、こっち向いてよ。

ねえ、こっち向いてよ。

風の向くまま、気の向くまま。
君は、ひらひらと揺れている。

せっかくかわいい顔してるのにさあ。
なんで、こっち向いてくれないの?

あっちに何があるんだよ。
教えてよ。

「ねえ、こっち向いてよ」

前を歩く君の背中に投げてみた。

風がふわりと吹いて、
君の頭がゆらりと動いて、

一瞬だけこっちを向いた。

とびっきりの笑顔がかわいくて、
僕の目は釘付けになったのに、

あっという間に君は前を

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夕焼けに向かって、自転車漕いで、

夕焼けに向かって、自転車漕いで、

夕焼けに向かって
自転車を漕ぐ

まだ今日が終わりませんようにって

風が吹いて
スカートが揺れて
振り返ったら夜になってて

もう今日が終わるんだなって思った

ああ、もう帰んなきゃって
宿題やだなって
そんなことを思ってて

目の前の角をキュッと曲がったら
どっからかカレーのにおいがした

家の前に自転車止めたら
うちのカレーだってわかって

おなかがぐうって鳴った

「おかえり」っておかあさ

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ぽっかりと空いた穴が、教えてくれる。

ぽっかりと空いた穴が、教えてくれる。

冷たい風が吹いた。

風は肌を撫ぜる。
肌を撫ぜたはずだったのに、
風は僕の中に入ってきて
僕は体の中に穴が空いてるって気づいた。

知りたくなかった。

ぽっかり空いた穴なんて。

秋はこれだから嫌だ。
寂しくなる。

春に花が咲いて、
夏に弾けて、

いつの間にやら穴が空いて
秋になって落ちてゆく。

僕は地団駄を踏んだ。
踏めるだけ踏んだ。

足元が緩んでいく。
足が沈んでいく。

僕は泣い

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詩|こぼれて、おちる。

詩|こぼれて、おちる。

春が淡い桜色のカーディガンを羽織る頃、
そわそわとついたため息が、私の鼻をくすぐった。

むずむずした私を見て「大丈夫?」とあなたが笑う。
大切にしまっていた四文字は、くしゃみと一緒に、

こぼれて、おちる。

ひらひらと落ちた四文字は、桜色の絨毯に埋もれてしまった。

夏が白いシャツから肌を覗かせる頃、
太陽からの視線に、私は思わず目を細めた。

汗を拭うあなたの笑顔の眩しさに、私の体温は上昇す

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詩|7分間、沸いている。

詩|7分間、沸いている。

湯を沸かすのは卵を
茹でようと思ったか
らなのだが、鍋に卵
が入っていない。私
の頭が沸いている。

沸かした湯を沸いた
頭で眺め、手に持っ
た携帯電話で何をし
ようとしたのかを検
索しても解らない。

役に立たない文明の
利器め!と沸いた湯
で、携帯電話を茹で
てみると、ふと卵の
ことを思い出した。

ゆで卵を作るんだっ
た。携帯電話が熱湯
の中で叫び続けてい
る。熱湯の中でも壊
れない?!まじ

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詩|王子様は、待たない。

詩|王子様は、待たない。

あなたなら
息をするだけで
美しいのでしょうね
絵本の中の
お姫様みたいに
かなしみの涙さえ
綺麗な宝石に
苦しそうなその顔も
気だるそうなため息も
粉々になった夢も
冷めてしまった珈琲でさえも
幸せそう
すんでのところで
背を向けたのは正解でした
背けた背中から
立ち上るは征服欲
血のように真っ赤な美味しい林檎をどうぞ
追悼の準備は整っています
手の平に爪痕
止まらない鼓動
流れ出す雫
虹の終わ

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詩|橙ヲ、消化セヨ。

詩|橙ヲ、消化セヨ。

空が橙に染まる。
川も、山も、カレーの匂いがするあの家の窓も、橙に染まる。

「きれいな夕焼けだね」
公園帰りの子どものお母さん。
あの子の頬も橙に染まる。
「きょうのばんごはん、なあに」
橙の頬のあの子がにこにこしてる。
「今日は、オムライスにしようかな」
お母さんの頬も橙だ。

私の頬も橙に染まっている。
橙は私の身体中に染みていく。
胃の、ずっと奥の方に仕舞い込んだはずの今日が、胃液に押し上

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