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詩|橙ヲ、消化セヨ。

空が橙に染まる。
川も、山も、カレーの匂いがするあの家の窓も、橙に染まる。

「きれいな夕焼けだね」
公園帰りの子どものお母さん。
あの子の頬も橙に染まる。
「きょうのばんごはん、なあに」
橙の頬のあの子がにこにこしてる。
「今日は、オムライスにしようかな」
お母さんの頬も橙だ。

私の頬も橙に染まっている。
橙は私の身体中に染みていく。
胃の、ずっと奥の方に仕舞い込んだはずの今日が、胃液に押し上げられる。
橙を皮ごと噛んだみたいに、口の中に唾液が満ちる。
水素みたいに扱われて、二酸化炭素みたいに重くなった心のまま食べる給食の、
大嫌いなピーマンの味が蘇り、唾液を再び胃に押し込んだ。

空が紺色に染まりだし、そのうちに橙が顔を隠した。

家に帰ろう。
お母さんの橙マーマレードを、焼きたてのパンに塗ろう。
テーブルの上に、パンくずを、鼻水を、ボロボロこぼしながら食べるんだ。
私の胃の奥に沈んでいった橙を、供養するんだ。
橙のマーマレードといっしょくたにドロドロに溶かして。
二酸化炭素も胃酸に溶かして。
ゲップと一緒に空に返すんだ。

檸檬色の月が上る、その前に、私は橙を消化する。


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