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とことこショート

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#床井紀子のショートストーリー

野菜の料理人〜ラタトゥイユ編〜

野菜の料理人〜ラタトゥイユ編〜

「おー! たくさん取れたなぁー!」
「よく実をつけてくれたよね」
「こんなに取れたから、日本版ラタトゥイユでも作るか」

僕と父さんは、今年の春先から庭で野菜を育てていた。
10畳ほどの小さな畑で、ナス、ジャガイモ、ズッキーニ、トマトを毎日学校から帰ってきては、水やりや雑草取りをして育ててきた。
夏休みに入ってからも自由研究の課題として、これらの野菜の成長記録をとりながら、毎日欠かさず世話をした。

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命の選択

命の選択

私の友達で10歳違いの喜代美さんは40代で妊娠した。
その一ヵ月後、私も妊娠。
どちらとも初めての妊娠で、
お互い情報交換しながら近況を伝え合い、
情緒不安定になれば励ましあい、
日に日に大きくなるお腹を、大事に大事にして暮らしていた。

喜代美さんは、高齢出産ということもあって、ダウン症の子供が生まれるのではないか、と心配になった。旦那さんとよく話し合い、羊水検査を受けることにしたそうだ。
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毎日来る郵便屋さん

毎日来る郵便屋さん

まだかな…まだかな…と首を長くして郵便屋さんを待っている子供がいる。
「あっ、きた!」
一軒ずつ家のポストへ郵便物を入れ、待っている子供の家にだんだんと近づいてくる。
「つぎは、ぼくの家だ」
その子がワクワクしながら待っていた郵便物とは、子供向け知育教材。
「コレを待っていたの? はい、お届け物です」
「わーい、お母さん、きたよ! ゆうびんやさん、ありがとう」

私の仕事は、郵便配達をしている。

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絵の向こう側

絵の向こう側

今日も良い天気だ。降水確率0%、最高気温27度。
私は天気予報を確認したら、四つ切サイズのスケッチブック、絵の具、筆が入ったカバンを肩から下げ、イーゼル片手に海へと出かける。歩いて15分で海岸へ着く。
海といっても砂浜ではない。船やボートが停泊している港へ行く。白い船は太陽の光を浴びて眩しいくらいだ。そこで私は絵を描くのが日課になっている。

私の夫は、同じ会社の同僚で2年先輩だった。会社の仲間内

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負の感情

負の感情

「またか…」
私は耳を疑った。それは、私に向けて言っているようにも聞こえた。下を向いたままその場を離れたい気持ちでいたが、胸をギュッと掴まれたように身動きできないでいた。

福祉施設で働く私は、介護士。
5年前、この施設に契約社員として入社した。いわば時給870円のパート。この辺りは働き口が少ない。生活のためにやむ得なく就いた仕事だった。
また、新人が入社すると言ってユニットリーダーが、看護師に話

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ヤングケアラー

ヤングケアラー

6時に起床。朝ごはんの支度をする。
夜に炊飯ジャーのタイマーをセットしていた。ごはんの炊けた匂いがする。
手と顔を洗って、鍋にお湯を沸かし、ネギをきざみ入れ、出汁入りの味噌を溶く。おかずは、昨日の残りの鮭。

それから、母を起こし、リビングまで手を引いて椅子に座らせる。
私は、母の隣に座る。
一緒に『いただきます』をして、母の様子を見ながらご飯をかきこむ。
母はゆっくり食べる。前をじっと見つめて何

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お母さんに会いたい

お母さんに会いたい

「お母さんは寝ているの?」
「お母さんはおしゃべりしないの?」
「お母さんはもう…笑わないの?」

3歳の ことちゃんを残し、お母さんは病気で亡くなってしまいました。

大勢の大人たちが、真っ黒な洋服を着て、お母さんの写真を見てシクシク泣いてお辞儀をしています。
ことちゃんには、不思議な光景でした。

「お母さんはどこにいるの?」
お父さんは、静かにお母さんの遺影をさしました。
ことちゃんは、お父

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願いを込めて織る

願いを込めて織る

「あなた、できたみたい…」
僕の妻がお腹に手を当てて、満面の笑みで言った。
「え? えぇぇ~!! 本当に? やったやったやった~」
赤ちゃんができたのだと僕はすぐに分かった。天にも昇る気持ちだ。
僕は織物工場の跡取り息子。2年前に妻と結婚をして、今まさに待望の赤ちゃんが妻のお腹の中にいる。

僕の仕事は、反物を作ること。機械生産を主としているけれど、やはり手織りの反物を作りたいと思い、一生懸命勉強

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木は神様からの贈り物

木は神様からの贈り物

「あーダメダメ! コレはこう!」
親方の檄が飛ぶ。まだまだ、半人前の俺には何ともキツイ言葉が日に何回も襲ってくる。時々、『なんで俺、大工なんかになったんだろう』と最近、疑問を持つようになっていた。

宮大工に憧れて大工修行をしている。
宮大工は、神社や仏閣の建築や修繕に釘を一切使わず、木組み工法だけで建築物を作る職種だ。
ここの親方は、宮大工をはじめ一般の住居も手がけている。
腕は良いのだが、なん

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SINGER~シンガー~【後編】

SINGER~シンガー~【後編】

あのオーディションから一ヶ月経ったある日、両親から大事な話を打ち明けられた。

『私は里子であること』
『本当の母親は歌手であること』
『私がオーディションで歌っていた時、涙を流していたその女性審査員が実の母だということ』
『DNA鑑定ではっきり親子関係だと結果が出たということ』

DNA鑑定?……私の中で ” あの時だ!” と思い出した。
オーディションを終え、控え室に戻る時に声をかけられた時だ

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SINGER~シンガー~【前編】

SINGER~シンガー~【前編】

小さい頃から歌うことで、心を慰めてきた。
私の魂は、歌うことに位置づけられている。

そう、あの時で人生が決まった。

子守唄が優しく聴こえる。母の歌う子守唄。抱かれたその腕の中でスヤスヤと眠る私は、お腹の中にいた時と同じように安心していた。
しかし、いつの頃からかその母の子守唄は消え、違う腕の中で眠るようになった。
私に何が起きているのか、知る由もない。

物心つくようになって、学校の音楽の授業

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MODEL~モデル~

MODEL~モデル~

「コノおはなのいろは…あかいね。コッチのは、きいろいね」
「どれも綺麗で可愛いね」
「ねぇねぇ、どうしてこんなに、たくさんのキレイなおはながあるの?」
「お花にもね、個性があるんだよ」
「コセイ?」

幼い我が子と公園に来て散歩している。花が何千種類もある公園だ。
子供って素直で見たものを全て吸収している。水を吸うスポンジのように。
太陽に照らされているこれらの花の美しさに癒されて、心がニュートラ

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10年後の日記

10年後の日記

私は、73歳のおばあちゃん。
旦那様は10年前に天国へ逝っちゃったの。
もう、独りには慣れっこになったと思うけど、
時々ね、寂しいなぁって思う。
そろそろ、旦那様のところに逝きたいなと思って、
終活でもしようと手付かずだった押入れを整理したわ。

隅っこのダンボール
こんなのあったかしら?
中を開けてみるとノートがたくさん入っていた。

それはね、旦那様の日記
亡くなった後で今、それが出てきたの。

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マイボイス

マイボイス

「あれ? なんだか手に力が入らないな…」
買い物袋を持とうとしても掴みづらい。なんとか腕にかけ運んだ。
最近、物を持つ手に力が入らないことをが多くなり、気になっていた。
何かがおかしいと思いながらも、毎日、私は家族の世話をしていた。

手足のしびれ、脱力感がここのところずっと続く。
少し怖い気持ちを持ちながら、私は病院を訪れた。
精密検査の嵐を乗り越え、出た診断結果は、

筋萎縮性側索硬化症(AL

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