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マイボイス

「あれ? なんだか手に力が入らないな…」
買い物袋を持とうとしても掴みづらい。なんとか腕にかけ運んだ。
最近、物を持つ手に力が入らないことをが多くなり、気になっていた。
何かがおかしいと思いながらも、毎日、私は家族の世話をしていた。

手足のしびれ、脱力感がここのところずっと続く。
少し怖い気持ちを持ちながら、私は病院を訪れた。
精密検査の嵐を乗り越え、出た診断結果は、

筋萎縮性側索硬化症(ALS)だった……。

崖から突き落とされ、目の前が真っ暗になった感覚だった。
指定難病で原因と完全な治療方法が、未だに解明されていないと医師は言った。
『遺伝子異常』『ストレス』『地域環境』何が原因なのか分からない病気。
そして、この病気にかかると回復は見込めない……。

意を決して、夫と娘に告白した。
3人に立ち込める重い空気、張り裂けそうになる私の気持ちを知ってか、
「お母さん、病は気からって言うじゃん」と娘は言った。
夫は私の背中をさすり、「大丈夫、大丈夫」と声をかける。
3人で泣いて、泣いて、泣いて、これからのことを話し合った。

娘は今、お腹の中に命を宿している。もうすぐ、私もおばあちゃんになるのだ。
『孫に会いたい…』
『この手に抱きたい…』
『一緒にお散歩に行きたい…』
こんな病気に負けてたまるかという気持ちで、毎日を過ごした。

ある日の経過観察で病院を訪れたところ、”マイボイス”の存在を知った。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は呼吸に必要な筋肉さえ動かなくなってくる。喉を切開し人工呼吸器を装着しなければならない。人によって違いはあるが、3~4年でその選択に迫られる。
私は、今声が出るうちに”マイボイス”を使って『孫に絵本を読み聞かせたい!』と
その思い一心だった。

毎日のように絵本を読んだ。
『これ以上、筋力が落ちないでおくれ』と思いながら、発声と筋力強化に努めた。
回復は見込めなくても、今ある自分の声に集中し思いを込めた。
隣りで娘も聞いている。お腹の中の孫も聞いている。

『絶対、会いたい』


半年後、孫が生まれた。母子共に健康。
私は車椅子生活になったが、孫を抱けることに感謝した。
夫に後ろから支えてもらう形で、孫を抱いた。なんとも言えない可愛らしさに涙が溢れ出た。そして命のつながりを感じた。

”何かを失えば、何かを得る…”
神様はそんなことを私に教えてくれたのかなと感じている。
今自分の持っている何かで、日々の暮らしを過ごし、精一杯人生を生きていけたら、こんな幸せは他にはない。
この病気になったおかげで私は、”私”という者がわかった。


数年後、私は喉の切開を決断した。
生きるために…
もう話すことはできない、身体を自由に動かすこともできない。

でも、生きている。

”マイボイス”で、孫に絵本の読み聞かせをしながら…


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