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木は神様からの贈り物

「あーダメダメ! コレはこう!」
親方の檄が飛ぶ。まだまだ、半人前の俺には何ともキツイ言葉が日に何回も襲ってくる。時々、『なんで俺、大工なんかになったんだろう』と最近、疑問を持つようになっていた。

宮大工に憧れて大工修行をしている。
宮大工は、神社や仏閣の建築や修繕に釘を一切使わず、木組み工法だけで建築物を作る職種だ。
ここの親方は、宮大工をはじめ一般の住居も手がけている。
腕は良いのだが、なんせ口が悪い。これも職人気質と思うしかないのか。

今は住宅の建設をしている。今日はプレカットされた木材が搬入される日。
一日がかりで建物の骨組みを組み上げ、骨格を完成させる。スピードと正確さが要求される。高所での仕事になるので気は抜けない。
ナンバリングされている”ほぞ”と”ほぞ穴”をはめ込んでいく。これも間違えては家が傾いてしまうため繊細さが要求される。

親方のケータイが鳴った。表情が曇る。何かまずいことが起こったらしい。親方は、現場を俺達に任せ問題のある住宅へ向かった。

仕事も無事終え会社に戻ると、親方も帰っていた。今日の電話のトラブルを聞くと、
「欠陥住宅なのではないか」と施主がその当時の建築士に電話を入れ、施工したうちの会社に電話がきたのだという。
5年前の話だ。

親方がその住宅を建築士と一緒に見に行ったところ、明らかに家は傾き、その傾いた歪から雨水が浸透し、木材が腐ってカビが発生していると言った。
その当時、俺はまだ入りたての新人だった。親方は病気治療のため入院中で長期休んでいた時期だった。そして親方の代わりとしてやっていた先輩なのだが、少し手抜きをする人だなという印象があった。しかし、その先輩は親方が復帰して以降、考え方や価値観が合わず3年前に辞めている。

親方が「飲みに行こう」と誘ってきた。俺はこれも仕事だと思い、付き合うことにした。
親方の飲むピッチが早い。店に入って30分、瓶ビールが4本も空いている。
「親方!」
俺は5本目を注ごうとしている親方の腕を掴んだ。
親方は悔しそうな表情を見せた。初めて見る顔だった。

「木には神が宿っておると思うんよ。木は生きとるんじゃ。
太陽と水と土と空気の栄養をいっぱい吸い取った木は、育てる人の力を借りてまっすぐに空へ伸びる。
ほいでよ~、伐採された木は切断されて綺麗に成形されて、住む人の家として新しく生まれ変わる。
木は生きとし生けるものすべてに影響を与えると思うんよ。
その神様から頂いた最高の材料で、ワシ達は家を建てる。神聖な仕事だと思わねぇか? 失礼があったら申し訳がたたねぇだろ~」

俺は、親方の職人の真髄を見たと思った。

親方はそう言って、テーブルに突っ伏して酔いつぶれてしまった。
その先輩に任せた以上、この会社の社長に責任がある。長期入院したことを親方は悔やんでいた。
人を職人として、人間として育てるのは、その会社の長として避けられないことだ。しかし、不器用な親方のこと、この先も難しいのではないかと思った。口が災いして家族からも疎遠になっているらしい。少し哀れに思えてきた。きっと、根は純粋な気持ちの持ち主なんだろうなと推測する。

俺は、そんな親方を支えていこうという気持ちになっていた。


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