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SINGER~シンガー~【後編】

あのオーディションから一ヶ月経ったある日、両親から大事な話を打ち明けられた。

『私は里子であること』
『本当の母親は歌手であること』
『私がオーディションで歌っていた時、涙を流していたその女性審査員が実の母だということ』
『DNA鑑定ではっきり親子関係だと結果が出たということ』

DNA鑑定?……私の中で ” あの時だ!” と思い出した。
オーディションを終え、控え室に戻る時に声をかけられた時だ。
「おめでとう」と言って私の肩辺りを触られた。
私は「ありがとうございます」と言って頭を下げた時、
「あぁぁ、絡まってしまったわね、ごめんなさい…」
女性審査員のはめていた石付きの指輪が私の髪に絡んだ。少し痛いと思った。その時に私の髪が抜けたのだ。

本来ならプライベートの情報公開をしてはいけない。しかし、これは運命の巡り合わせでしかないと涙ながらにその女性は、私の両親に語ったという。
長い月日が経っても、一目見て自分の子供だと直感的に感じた。思い続けてきたからこそであった。
女性審査員の夫は「子供は要らない」と言い、勝手に里子の話を進めたのだった。夫からは歌謡ショーだのステージだのと馬車馬のように働かせられ、喉を酷使し使い物にならなくなったら、他に女を作り離婚。
”捨てる神あれば、拾う神あり”で今の芸能事務所に移籍したと…
両親もその気持ちを汲み取り、私に話す決意ができたという。

その話を聞いてから、二週間後。私は芸能事務所と契約をした。
そこには、審査員を務めたあの女性もいた。

「驚かせてしまって、本当にごめんなさい。これは頭を下げて済むような問題ではないと思ったわ。
でも、あの『モーツアルトの子守唄』を聴いた時、自然と涙が出てきたの。
17年前、私はあなたを生んでとても嬉しかった。本当に可愛くて、愛おしかった。
だけど、私の夫は私に子育てをさせてくれなかった…歌手だったから…
ファンが離れていくからという理由で無理やり引き離されたわ。それ以後の私は、声も出ないし、もぬけの殻になってしまったの。17年も埋められない穴をずっと抱えて生きてきたけれど、あなたの歌を聴いて心に泉が湧いてきたかのように満たされて、感動したの。本当にありがとうね。
ぜひ歌手の道に進んでほしいと思ったわ。
そしてもう、私は迷わないわ。人の意見にも振り回されない。私自身を生きていこうと思うわ」

一緒に来ていた両親は泣いていた。私も涙が止まらなかった。
理不尽に引き離された親子だけれど、ずっとこの生みの母親は私を大事に思っていてくれたのだと感じた。
生みの母、育ての母、そして父。私にとって大切でかけがえのない存在。17年生きてきて2倍の幸せをプレゼントされたような、そしてシンガーとして生きていく道も開けて覚悟も決まった。一気に人生が開花したように思えた。

私は、この母に捧げる歌を歌うために生まれてきた。
赤ちゃんの時に聴いた子守唄を覚えている…それは、母を見つけるための手段として生まれ持った能力だったのかもしれない。



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