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雑文

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(創作)散るもの、漲るもの

(創作)散るもの、漲るもの

 1日に一度しか連絡をすることができない友人がいる。毎日きっかり16時から16時15分まで。わたしは16時という時間が日々の楽しみになった。15時50分くらいからそわそわとiPhoneを開いたり閉じたりする。
 今日も16時になる。少し待つ。16時2分、「こんにちは!」とメッセージが来た。わたしが「今日は気持ちの良い陽気で、風も少し吹いていて、桜はもうだいぶ散っちゃったよ」と伝えると、彼女は残念そ

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わたしはそれをXと呼ぶ……わたしの故郷はもう、なくなってしまったのだから。

わたしはそれをXと呼ぶ……わたしの故郷はもう、なくなってしまったのだから。

 昨年の10月に27歳になった。アラサーだ。もちろん日本社会全体で見ればどう考えてもわたしは若者だけれども、「若者」という期待に常に応えられる年齢ではなくなった。気がついたときには、わたしよりも若い世代の「大人」が生まれていて、彼ら彼女らと何のギャップもなしに会話をすることはもはやできない。
 今日(2月10日)の朝たまたま開いた産経ニュースで、LINEなどのメッセージアプリにおいて文末に句点「。

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小澤征爾さんの思い出。そのじんわりとした魔法は、まだわたしのなかに染みたままなのです。

小澤征爾さんの思い出。そのじんわりとした魔法は、まだわたしのなかに染みたままなのです。

ある程度ニュースが落ち着いた頃に、この個人的な場所へ投稿しようと思っていました。小澤征爾さんの思い出についてです。

一度だけ、小澤征爾さんの指揮で演奏をしたことがあります。2017年夏のセイジ・オザワ 松本フェスティバルでの「小澤征爾音楽塾」。曲はラヴェルの《こどもと魔法》です。小澤さんはすでにかなりのご高齢で、けっきょく本番はデリック・イノウエさんが振り、小澤さんはリハーサルに何度か立ち会うだ

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さいきん「怒り」について考えている2つのこと

さいきん「怒り」について考えている2つのこと

(1) わたしが演じている「怒り」について

 今年はオラトリオやオペラなどの「劇音楽」を演奏する機会が多かった。そのほとんどが、音楽がまだ修辞学的に作られていた時代のものである。すなわち音楽が感情をありありと描いていた、バロック時代のものだ。わたしはヴィオローネ(コントラバス)奏者であるから、わたしがふだんの仕事ですることは、基本的には全体の響きを(誰にもわたしの音だということを気付かれないよう

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雑文。カレー、芝居、ラムの日曜夕方。

雑文。カレー、芝居、ラムの日曜夕方。

 今日は夕方に下北沢へ行った。芝居を観るためだ。駅前劇場の隣にあるOFF・OFFシアターという劇場で、ここにはまったく初めて来た。公演のこともあまりよく知らない。この公演のことはたまたま見つけた。知り合いの俳優さんが演出助手で関わっているらしく、それでSNSに流れてきたのだ。今日は6日間続いていた公演の楽日追加公演で、この回が大千穐楽である。完売していたけれども当日券が若干出るということで、早く行

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2022年を振り返る。「剣はペンよりも強し」を認めてしまう社会について。

2022年を振り返る。「剣はペンよりも強し」を認めてしまう社会について。

 2022年を振り返る。それは「暴力」の年だった。暴力が「起こった」年ではない。もちろん暴力は2022年より前から常に起こり続けていて、残念ながらその多くはいまでも続いている。わたしはミャンマーやアフガニスタン、ソマリア、ウイグルなどで起きていることを、ウクライナのそれと比べて過小に言いたいわけではない。わたしが言いたいのはこういうことだ。2022年は、暴力の「意味が変わってしまった」年だったので

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様式美の味わいについて考える ー映画『お嬢さん』(2016年)と『スタンド・バイ・ミー』(1986年)

様式美の味わいについて考える ー映画『お嬢さん』(2016年)と『スタンド・バイ・ミー』(1986年)

 自分が新型コロナに感染したから、この病気のこと否が応でも気になる。そういえば、韓国の映画監督キム・ギドクは新型コロナで亡くなったんだなあ、などと思い出す。俳優へのハラスメントが#MeeTo運動で発覚し、映画業界から追放されたキムは、旧ソ連の国を転々としていた。そして、滞在先のラトビアで感染し、死んだのである。
 久しぶりに彼の作品を観たいと思って、サブスクで彼の名前を検索すると『お嬢さん』という

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照明付きオーケストラに若者招待リハーサル。行政が文化芸術の道標を作ってしまうということ。

照明付きオーケストラに若者招待リハーサル。行政が文化芸術の道標を作ってしまうということ。

 新型コロナに感染してしまったのでずっと家にいる。隔離期間もあと1日だ。この1週間、Prime VideoやNetflixを利用して、いくつか映画を観た。質の高い映画を安価で手軽に観ることができる。こんなに良いことはない。
 初めてPrime Videoを利用したのは大学生のときだった。映画好きのわたしは、良い作品を手軽に観ることができるこのサブスクに喜んだ。もちろんわたしの観たい映画が全てあるわ

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クラシックの新譜は「いま」を反映する!?11月の新譜をご紹介!!

クラシックの新譜は「いま」を反映する!?11月の新譜をご紹介!!

 みなさまこんにちは、布施砂丘彦です。遂に流行病に罹りました。時間もできたので、noteでも更新しようと思います。

 さて、ここに写っているCDは、すべてこの1ヶ月で発売されたクラシック音楽のCDです。はい、ともかく量が多い。ここにすべての国内盤があるわけではないのですが、それでも50は超えます。毎年この時期は『レコード芸術』の「レコード・アカデミー賞」があるから新譜が多いのだとか。素晴らしいC

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黒田鈴尊・尺八独演会を聴いて

黒田鈴尊・尺八独演会を聴いて

 今日は、黒田鈴尊氏による尺八独演会に行った。少し書き連ねる。

 黒田鈴尊氏は1983年福島生まれで、早稲田大学在学中に尺八を始めた。現在、(特に現代音楽の分野において)最も注目すべき尺八奏者である。令和元年度は文化庁文化交流使として海外にも赴き、文字通り国内外で活躍している。

 そんな黒田氏の独演会である。楽しみにやってきた。

 氏はこれまで、独演会ではひとつの公演のなかに古典と現代のどち

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山田耕筰の歩みと「音樂は軍需品なり」から考える「コロナ禍における音楽は不要不急か」という問い

山田耕筰の歩みと「音樂は軍需品なり」から考える「コロナ禍における音楽は不要不急か」という問い

 もうすでに多くのひとびとは忘れはじめているかもしれない。「音楽(あるいは演劇)には力がある」。2年前に音楽家や芸術家たちが叫んだ言葉である。
 コロナ禍が始まって最初に停止したもののひとつがコンサートをはじめとするイベントだった。一演奏家であるわたしの経験では、2020年の1月のコンサートではじめて演奏者にマスク着用が義務付けられ、2月からは公演の自粛が始まり、3月から4ヶ月ほどの「休業期間」が

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映画「バーニング」を観て

映画「バーニング」を観て

 村上春樹の短編小説「納屋を焼く」(1983年)を原作とした映画「バーニング」(2018年)を観た。

 原作は『螢・納屋を焼く・その他の短編』(1984年)に収録されたわずか30ページほどの短い作品だ。読んだのは10年ほど前なので記憶がおぼろげだが、まるで話が途切れてしまうように終わったのが印象的で、読み手に謎を与える作品だった(もちろん最後にまとめ的な段落はあるので小説としてぶつ切りではないが

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室内楽版ブルックナーはなんのため

室内楽版ブルックナーはなんのため

 本日オンラインで開催された「ブルックナーレクチャーコンサートVol.2 「私的演奏協会」とその編曲」にて、事前に以下の質問をお聞きしておりました。回答を用意しておりましたが、話す機会がなかったため、こちらにアップします。(有料のイベントでしたが、結局話していない内容なので、無料でアップしても問題ないでしょう。)
 喋るための原稿なので、読みにくいかもしれません。ご容赦ください。

質問
「ブルッ

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ミヒャエル・ハイドンの音楽(1)《セレナーデニ長調 P.87》

ミヒャエル・ハイドンの音楽(1)《セレナーデニ長調 P.87》

本シリーズでは、ミヒャエル・ハイドンの音楽を愛してやまない筆者が、知られざるミヒャエル・ハイドンの名曲を解説していきます。

1. ミヒャエル・ハイドンの人生 ヨハン・ミヒャエル・ハイドンは、フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)の弟として、1737年9月17日にオーストリアのローラウで生まれた。兄と同じく古典派を代表する作曲家である。しかし、現在ではあまりに高名な兄の影に隠れ、その作

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