布施 砂丘彦

Sakuhiko Fuse 音楽家。演奏 / 批評 / 企画。 音を出したり見つけた…

布施 砂丘彦

Sakuhiko Fuse 音楽家。演奏 / 批評 / 企画。 音を出したり見つけたり、文字にしたり作ったり。基本的にはじっと聴いています。 詳細は「プロフィール」をご覧ください。

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最近の記事

(創作)散るもの、漲るもの

 1日に一度しか連絡をすることができない友人がいる。毎日きっかり16時から16時15分まで。わたしは16時という時間が日々の楽しみになった。15時50分くらいからそわそわとiPhoneを開いたり閉じたりする。  今日も16時になる。少し待つ。16時2分、「こんにちは!」とメッセージが来た。わたしが「今日は気持ちの良い陽気で、風も少し吹いていて、桜はもうだいぶ散っちゃったよ」と伝えると、彼女は残念そうにする。「満開の桜、見たかったな」。「でも葉桜を見るとなんかフレッシュな気がし

    • メルニコフと交響的なまなざし

       トッパンホールにて、アレクサンドル・メルニコフのピアノリサイタルを聴く。シューマンの交響的練習曲を中心に、まさに交響的な作品が、交響的な演奏によって繰り広げられる。たとえばラフマニノフの第1変奏、高音域で奏でられるバロック的な単音の羅列の途中で、いかづちのように放たれる低音の一撃は、まるでひと昔まえのドイツのオーケストラのコントラバスのように、激しい初速でもって旋律よりひとコンマ早いタイミングで奏される。自由にたゆたう旋律と、待ちきれずに放たれる低音。これをひとりの人間のう

      • わたしはそれをXと呼ぶ……わたしの故郷はもう、なくなってしまったのだから。

         昨年の10月に27歳になった。アラサーだ。もちろん日本社会全体で見ればどう考えてもわたしは若者だけれども、「若者」という期待に常に応えられる年齢ではなくなった。気がついたときには、わたしよりも若い世代の「大人」が生まれていて、彼ら彼女らと何のギャップもなしに会話をすることはもはやできない。  今日(2月10日)の朝たまたま開いた産経ニュースで、LINEなどのメッセージアプリにおいて文末に句点「。」を付けることを若者たちのあいだでは「マルハラ」と言うと知った。句点の付いたメッ

        • 小澤征爾さんの思い出。そのじんわりとした魔法は、まだわたしのなかに染みたままなのです。

          ある程度ニュースが落ち着いた頃に、この個人的な場所へ投稿しようと思っていました。小澤征爾さんの思い出についてです。 一度だけ、小澤征爾さんの指揮で演奏をしたことがあります。2017年夏のセイジ・オザワ 松本フェスティバルでの「小澤征爾音楽塾」。曲はラヴェルの《こどもと魔法》です。小澤さんはすでにかなりのご高齢で、けっきょく本番はデリック・イノウエさんが振り、小澤さんはリハーサルに何度か立ち会うだけでした。 冒頭、デリックさんが指揮を振ると、小澤さんは違うと言い、それから、ひ

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          (創作)ドライベルモットとあのときの舌ざわり。

           バーに行くとき、どうしても飲みたい酒がある日もあれば、むしろマスターに決めてもらいたい日もある。  その日は一軒前の居酒屋でおでんをつまみながら赤星の中瓶を飲んでいて、そろそろなにかしらしっかりとした蒸溜酒を飲みたかったけれど、鼻は爽やかさを求めていたし、舌は軽やかな刺激を求めていた。甘い必要はない。ウイスキーでもラムでもない。うん、今日はジンのソーダから始めよう。だけど、なんのジンにするかまで決められない。悩んでるうちに一杯飲みたいくらいだ。よし。  「すみません、ジン

          (創作)ドライベルモットとあのときの舌ざわり。

          さいきん「怒り」について考えている2つのこと

          (1) わたしが演じている「怒り」について  今年はオラトリオやオペラなどの「劇音楽」を演奏する機会が多かった。そのほとんどが、音楽がまだ修辞学的に作られていた時代のものである。すなわち音楽が感情をありありと描いていた、バロック時代のものだ。わたしはヴィオローネ(コントラバス)奏者であるから、わたしがふだんの仕事ですることは、基本的には全体の響きを(誰にもわたしの音だということを気付かれないよう)まろやかに増やしたり、あるいはコントラストをつけるために合奏全体のサウンドにエ

          さいきん「怒り」について考えている2つのこと

          雑文。カレー、芝居、ラムの日曜夕方。

           今日は夕方に下北沢へ行った。芝居を観るためだ。駅前劇場の隣にあるOFF・OFFシアターという劇場で、ここにはまったく初めて来た。公演のこともあまりよく知らない。この公演のことはたまたま見つけた。知り合いの俳優さんが演出助手で関わっているらしく、それでSNSに流れてきたのだ。今日は6日間続いていた公演の楽日追加公演で、この回が大千穐楽である。完売していたけれども当日券が若干出るということで、早く行って無事にチケットを入手。当日券をご購入いただいたお客様は開演10分前にいらして

          雑文。カレー、芝居、ラムの日曜夕方。

          公演「忘れちまったかなしみに」

          新作公演のご案内です。 チケットはこちらから 忘れちまったかなしみに 布施砂丘彦/ムウシケ 2023年8月12日(土) ①14:00- ②18:00- 2023年8月13日(日) ③14:00- ヴァイオリン:大光嘉理人、伊東翔太、河村絢音、城野聖良、柳沢開、吉澤知花、吉田薫子 ヴィオラ:角田峻史、本田梨紗 チェロ:坂井武尊、下島万乃 コントラバス:水野翔子 トイピアノ:川崎槙耶 パーカッション:本多悠人 ダンス:黒瀧保士 俳優:渡邊真砂珠(文学座) 音響:増田

          公演「忘れちまったかなしみに」

          2022年を振り返る。「剣はペンよりも強し」を認めてしまう社会について。

           2022年を振り返る。それは「暴力」の年だった。暴力が「起こった」年ではない。もちろん暴力は2022年より前から常に起こり続けていて、残念ながらその多くはいまでも続いている。わたしはミャンマーやアフガニスタン、ソマリア、ウイグルなどで起きていることを、ウクライナのそれと比べて過小に言いたいわけではない。わたしが言いたいのはこういうことだ。2022年は、暴力の「意味が変わってしまった」年だったのである、と。  今日からちょうど半年前、安倍晋三元内閣総理大臣が銃撃され、死亡し

          2022年を振り返る。「剣はペンよりも強し」を認めてしまう社会について。

          様式美の味わいについて考える ー映画『お嬢さん』(2016年)と『スタンド・バイ・ミー』(1986年)

           自分が新型コロナに感染したから、この病気のこと否が応でも気になる。そういえば、韓国の映画監督キム・ギドクは新型コロナで亡くなったんだなあ、などと思い出す。俳優へのハラスメントが#MeeTo運動で発覚し、映画業界から追放されたキムは、旧ソ連の国を転々としていた。そして、滞在先のラトビアで感染し、死んだのである。  久しぶりに彼の作品を観たいと思って、サブスクで彼の名前を検索すると『お嬢さん』という映画がヒットした。知らない作品があるんだなと思いつつ、そのまま再生ボタンを押す。

          様式美の味わいについて考える ー映画『お嬢さん』(2016年)と『スタンド・バイ・ミー』(1986年)

          照明付きオーケストラに若者招待リハーサル。行政が文化芸術の道標を作ってしまうということ。

           新型コロナに感染してしまったのでずっと家にいる。隔離期間もあと1日だ。この1週間、Prime VideoやNetflixを利用して、いくつか映画を観た。質の高い映画を安価で手軽に観ることができる。こんなに良いことはない。  初めてPrime Videoを利用したのは大学生のときだった。映画好きのわたしは、良い作品を手軽に観ることができるこのサブスクに喜んだ。もちろんわたしの観たい映画が全てあるわけではないけれど、映画なんて星の数ほどあるのだから、Prime Videoだけで

          照明付きオーケストラに若者招待リハーサル。行政が文化芸術の道標を作ってしまうということ。

          クラシックの新譜は「いま」を反映する!?11月の新譜をご紹介!!

           みなさまこんにちは、布施砂丘彦です。遂に流行病に罹りました。時間もできたので、noteでも更新しようと思います。  さて、ここに写っているCDは、すべてこの1ヶ月で発売されたクラシック音楽のCDです。はい、ともかく量が多い。ここにすべての国内盤があるわけではないのですが、それでも50は超えます。毎年この時期は『レコード芸術』の「レコード・アカデミー賞」があるから新譜が多いのだとか。素晴らしいCDがこんなにたくさんあるのに、紙面は限られているから、わたしが取り上げることので

          クラシックの新譜は「いま」を反映する!?11月の新譜をご紹介!!

          黒田鈴尊・尺八独演会を聴いて

           今日は、黒田鈴尊氏による尺八独演会に行った。少し書き連ねる。  黒田鈴尊氏は1983年福島生まれで、早稲田大学在学中に尺八を始めた。現在、(特に現代音楽の分野において)最も注目すべき尺八奏者である。令和元年度は文化庁文化交流使として海外にも赴き、文字通り国内外で活躍している。  そんな黒田氏の独演会である。楽しみにやってきた。  氏はこれまで、独演会ではひとつの公演のなかに古典と現代のどちらをも織り込んで観客が混じるようにしてきたようだが、今回は昼が古典、夜が現代と別

          黒田鈴尊・尺八独演会を聴いて

          ただ美味しいだなんて言いたくない。ぼくが最も愛するカレーは、暴力で、愛で、そして宇宙だった。

           札幌に来た。狸小路に滞在している。カレーを食べるためだ。ぼくが最も愛しているカレー屋「むらかみぷるぷるカレー」が、ここにある。  ちょっと言い過ぎた。札幌には仕事で来ている。3年ぶりだ。仕事の都合としてはホテルはどこでも良いんだけれども、ともかく「むらかみぷるぷる」から近いこと、それだけを理由に狸小路7丁目にあるこのホテルに泊まることを決めた。ぼくはこの6日間の滞在で、毎日「むらかみぷるぷる」に通うことを決めている。  さて、「むらかみぷるぷるカレー」の正式名称は「村上

          ただ美味しいだなんて言いたくない。ぼくが最も愛するカレーは、暴力で、愛で、そして宇宙だった。

          布施砂丘彦、プロフィール。

          音を出したり、音を文字にしたり、あとは音を作ったり見つけたりしています。 お仕事のご依頼は、一番下にあるアドレスまでお願い致します。 1.PROFILE  演奏、批評、企画の3つの領域で活動している。東京芸術大学卒業。  幼少よりヴァイオリンを、10歳よりコントラバスを始める。  10代の頃から仕事としての演奏活動を開始し、学生時代には東日本にあるほぼ全てのプロオーケストラに客演した。また、東京ニューシティ管弦楽団の定期公演などには客演首席奏者としても出演。スタジオミュ

          布施砂丘彦、プロフィール。

          「いつ明けるともしれない夜また夜を」

          本文は、2022年5月13日および14日開催予定の「いつ明けるともしれない夜また夜を」についてのステートメントです。  けっきょく、音楽には戦争を止めることなんてできない。疫病を治すこともできない。腹を膨らせることも寒さを凌がせることもできない。音楽には、わたしたちを癒してわたしたちが見たくない現実を忘れさせること以外に、なにかできることはあるのだろうか。  わたしは知っている。ベートーヴェンやショスタコーヴィッチの交響曲を演奏したとき、わたしは興奮した。頭に血がのぼった。

          「いつ明けるともしれない夜また夜を」