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エッセイ集

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記事一覧

続・ベーチェット病のままで生きていく

続・ベーチェット病のままで生きていく

今日は1ヶ月に1度の難病の定期通院だった。2019年9月にベーチェット病を発症してからずっと病院通いの日々を送っている。発症当初は仕事ができる状態ではなく、1ヶ月半の療養期間を経て、社会復帰に至った。その間もたくさんの人の支えがあって、今も感謝の気持ちでいっぱいだ。

ぶどう膜炎から派生して、白内障や緑内障を患い、目に注射を打ったり、手術をしたりした。ヒュミラと呼ばれる自己注射が始まったことで、少

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ううん、なんでもない

ううん、なんでもない

2020年のウイルス感染によってマスクの着用を余儀なくされた。どこに行っても素顔は見えない。まるでお前には本音を見せないと言われているような気がして、世界が丸ごと怖くなった。大好きなアーティストのライブも声を上げて楽しむことができない。一緒に作り上げていくものだと思っていたものが、アーティストだけのものになった。

静まり返った会場を盛り上げるためにアーティストが熱を込めて音を掻き鳴らす。彼らから

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乾き

乾き

ある日、上司から「そろそろもう少し上の階級を目指してみないか」と言われた。「責任を持つのが怖いです」と返すと、「仕事に責任はつきものだ」と返ってきた。至極真っ当な意見である。だが、責任を負ってでもしたいと思える魅力が今の職場にはない。心の奥底から出た本音は決まって相手を傷つける。上司が投げつけるように言ったあの言葉には、思うようにならない苛立ちと焦りが立ち込めていた。

社会の駒となった自らを会社

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結婚願望

結婚願望

昔の恋人と久しぶりに会った。

別れてからずいぶん時間が経って、変わったところばかりがやけに目につく。ずっと好きだと言っていたアニメはもう観なくなったらしい。眠る前に一緒に観ようよと言っていたあの日々はもうやってこないと考えると虚しくなる。

彼女と再会したのはとある飲み会がきっかけだった。会いたいと思っていなかったし、彼女が来るのも知らなかった。友人が別れてからもう十分時間が経っているし大丈夫だ

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消費される心、満たしたい顕示欲

消費される心、満たしたい顕示欲

とある会食で「爪が綺麗だね」と褒められた。爪の手入れは念入りにしているため、とても嬉しかった。続けて、「うちの嫁は爪が深爪で女性っ気がない」と嘆いている。その言葉は聞かないフリをしてやり過ごした。自分のパートナーを「嫁」と呼ぶ人をどうも好きになれない。彼らは言葉の意味を理解していないし、無意識のうちに女性を下に見ている。

彼は自分のパートナーが深爪である理由を知っているのだろうか。家事を全てパー

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ハッピーバースデー

ハッピーバースデー

夏は、2人が恋人になった季節だ。あらゆる試練を共に乗り超えた結果、2人は運命を盲目的に信じていた。きっと、これが最後の恋。そう信じていた恋は最後にはならなくて、結局振り出しに戻った。

花火が上がる。大きな音を上げたその玉は勢いを上げて光を放つ。手を握りながら見たあの日々とは打って変わって、私たちは距離を置いて花火を見ていた。きっと今日で終わる。そう直感が言う。またしても君も私も真実の愛を手に入れ

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吉本ばなな『キッチン』:悲しみに寄り添いながら生きる再生の物語

吉本ばなな『キッチン』:悲しみに寄り添いながら生きる再生の物語

我が家のキッチンにはいつも父が立っていた。周りの友達に父がキッチンに立っている家庭はなく、なんとも言えない不思議な空間だった。それが嫌いだったわけではない。父が作る料理は抜群に美味しかったし、母は料理が苦手だと言っていたため、適材適所なのだろうと子どもながらに感じていた。

父の得意料理はなんだったのだろう。カレーや肉じゃが、唐揚げ、オムライスのような鉄板の家庭料理はもちろん、季節の魚や野菜を使っ

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茅ヶ崎の海は、まだ泳ぐのに、安全でも適切でもありませんでした

茅ヶ崎の海は、まだ泳ぐのに、安全でも適切でもありませんでした

ふと、海が見たいと思った。

東京に移住してから早3ヶ月が経ち、都会の喧騒に少し疲れが見え始めていた。以前住んでいた場所には大きなビルはなく、どこまでも視界が良好で。仕事終わりに晴れ渡る空を眺めては、心の安寧を取り戻していたなぁと物思いに耽る。そんなゆらりとした日々とは真逆の生活を送り、このままでは心が折れてしまうと考え、平日に休暇を取って海に行こうと決めた。

東京から足を運べる海といえば熱海や

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30歳になっても、まだ自分の可能性を捨てきれない

30歳になっても、まだ自分の可能性を捨てきれない

幼い頃にずっとテレビで観ていたヒーローたち。世界の平和を守るために悪と闘うことで、世の人たちから賞賛を得る。そんな人たちを観て育ったからか、自分もいつかは世界を救うヒーローになると信じて疑わなかった。でも、歳を重ね大人になっても、ヒーローはおろか何者かにもなれていない。

人間は自分以外にはなれない。そんな当たり前の言葉を言われても、納得できなくて、何者かになるためにもがく30歳になってしまった。

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今日もかっこいい大人になれない

今日もかっこいい大人になれない

『仮面ライダー』を見ていたのは、小学生のときだった。当時は大人になったら自分が悪を倒すと本気で思っていたのに、30歳になっても悪はおろか自分ことすらままならない。そもそも悪とはなにを指すのだろう。人間の数だけ正義があって、もはや正解、不正解などないのかもしれないとさえ思えてきた。

今の僕は世界を救うどころか、屋台の金魚すらうまく掬えない。かっこよさの欠片もない人間に何かを救えるのだろうか。どこで

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人生で一度きりのおふくろの味

人生で一度きりのおふくろの味

「わたし、料理下手やねん」

それは母の口癖だった。我が家の食卓には、いつも父の手料理がずらりと並んでいた。父は昔祖父が中華料理を営んでおり、そこで料理のイロハを学んだそうだ。だから僕はおふくろの味というやつを知らずに育った。周りには母が料理を作っている家庭がほとんどだったため、自分の家庭を異世界のように感じていた。

食卓に並ぶ父の手料理を食べているときに、母が「私の得意料理はおでんなのよ」と言

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確かに、あれは甘い夜だった

確かに、あれは甘い夜だった

仕事で上司から理不尽に怒られたことにムカムカして、居酒屋に駆け込んでやけ酒をキメた。嫌なことはアルコールで流す。でも綺麗さっぱり洗い流せるわけもなく、酒を飲めば飲むほどにその不条理に腹が立つ。2軒、3軒と回ったのちに、すっかり酔いが回ったからか、唐突に甘いものが飲みたくなって、自動販売機の中に小銭を入れる。アルコールのせいか手元を見誤って、ブラックコーヒーを購入してしまった。まるでそれは人生は甘く

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新社会人になりきれなかった君へ

新社会人になりきれなかった君へ

全国の至る会社で入社式が開催されたらしい。カルビーでは川口春奈がサプライズで登場したというニュースを読んで、大手企業には夢があると思い知らされた。例年どおりSNSには新社会人へのアドバイスがずらりと並んでいる。その中には、「新社会人にアドバイスをする人のアドバイスには耳を傾けないでいい」という特大ブーメランを放っている人もいて、少しだけ頬が緩んだ。

自身の新社会人の頃を振り返る。風が吹けばすぐに

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4月は憂鬱な風が流れる

4月は憂鬱な風が流れる

4月に入った。例年通り桜は咲き、たくさんの人たちがそれに魅了されている。新社会人、新学期、新生活、世の中にある新しいがたくさん始まるこの時期は、希望と絶望が入り乱れていて、なんだか異様な空気だ。ある人はワクワクしているだろうし、とある人は新たな門出に絶望しているかもしれない。かくいう自分は何も新しいが始まっておらず、憂鬱な気持ちで4月を迎えた。

かれこれ社会人生活も9年目である。社会に特段爪痕を

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