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エッセイ集

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ベーチェット病と診断されたあの日から5年が経った

ベーチェット病と診断されたあの日から5年が経った

2019年9月24日に医師からベーチェット病と診断を受けた。そこから5年が経ち、今も治療を続けている。失ったものを数え出すとキリがない。いくらでも後ろ向きな気持ちになれるし、時にはなりたい日だってある。だが、今は幸せだと声を大にして叫びたい。

幸か不幸か、本日は金子眼鏡でオーダーしていた眼鏡の受け取り日だった。今回は遠近両用レンズの眼鏡を購入したのだが、これは両目に罹った白内障が原因だ。

白内

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声なき声

声なき声

どれだけ計算機を叩いても、1+1が2にならない。

青木和也は毎朝通勤ラッシュに揉まれながら、電車の中で30分を過ごしていた。今日は特に混雑が激しく、肩を押し付けられる感覚と夏特有のツンとした匂いに嫌気が差す。ふと隣に立つ女性が目に入る。ちなみに、和也の通勤路に女性専用車両は存在しない。彼女は吊り革にしがみつきながら、周りの圧力に耐え忍んでいるように見えた。彼女の嫌気が差した顔を見て、和也は自然と

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やっぱり人生はほろ苦い

やっぱり人生はほろ苦い

仕事で上司から理不尽に怒られた日のことだった。胸の中に募る苛立ちを押さえきれず、居酒屋に飛び込んでやけ酒をキメた。嫌なことはアルコールで流すつもりだったが、洗い流すどころか酒を飲めば飲むほどにその不条理が腹の中にたまっていく。2軒、3軒と飲み歩き、すっかり酔いが回った頃、突然甘いものが飲みたくなった。

酔った足取りで自動販売機にたどり着き、震える手で小銭を入れた。しかし、アルコールのせいで手元を

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美しい呪い

美しい呪い

いつも彼女は写真を撮っている。外に出かけるときは、カメラが必須らしい。僕はカメラに詳しくないのだけれど、一眼レフが高価なものなのは知っている。いつも肩に引っ提げていたカメラは彼女の華奢な体には似つかわしくない重厚感があった。一緒に行った場所や食べたものだけでなく、自撮りやツーショットを撮るのが僕たちの恒例行事となっていた。ふと彼女に写真を撮る理由を尋ねたことがある。彼女は「思い出はいつか消える。だ

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「一口ちょうだい」と言える関係性

「一口ちょうだい」と言える関係性

先日、地元の大阪で中学からの友達2人と飲んだ。天満駅に集合して、一軒目は焼肉屋さんに足を運んだ。いつからかは覚えていないけれど、いつの間にか1人がお肉を焼く担当になっていた。嫌な素振りを見せるわけもなく、むしろ進んでお肉を焼いてくれている。非常にありがたいお話だ。

その友人は食べるのが大好きな人間で、Instagramのストーリーでよく美味しい料理をアップしている。大阪に住んでいるのに、東京で気

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続・ベーチェット病のままで生きていく

続・ベーチェット病のままで生きていく

今日は1ヶ月に1度の難病の定期通院だった。2019年9月にベーチェット病を発症してからずっと病院通いの日々を送っている。発症当初は仕事ができる状態ではなく、1ヶ月半の療養期間を経て、社会復帰に至った。その間もたくさんの人の支えがあって、今も感謝の気持ちでいっぱいだ。

ぶどう膜炎から派生して、白内障や緑内障を患い、目に注射を打ったり、手術をしたりした。ヒュミラと呼ばれる自己注射が始まったことで、少

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ううん、なんでもない

ううん、なんでもない

2020年のウイルス感染によってマスクの着用を余儀なくされた。どこに行っても素顔は見えない。まるでお前には本音を見せないと言われているような気がして、世界が丸ごと怖くなった。大好きなアーティストのライブも声を上げて楽しむことができない。一緒に作り上げていくものだと思っていたものが、アーティストだけのものになった。

静まり返った会場を盛り上げるためにアーティストが熱を込めて音を掻き鳴らす。彼らから

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乾き

乾き

ある日、上司から「そろそろもう少し上の階級を目指してみないか」と言われた。「責任を持つのが怖いです」と返すと、「仕事に責任はつきものだ」と返ってきた。至極真っ当な意見である。だが、責任を負ってでもしたいと思える魅力が今の職場にはない。心の奥底から出た本音は決まって相手を傷つける。上司が投げつけるように言ったあの言葉には、思うようにならない苛立ちと焦りが立ち込めていた。

社会の駒となった自らを会社

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結婚願望

結婚願望

昔の恋人と久しぶりに会った。

別れてからずいぶん時間が経って、変わったところばかりがやけに目につく。ずっと好きだと言っていたアニメはもう観なくなったらしい。眠る前に一緒に観ようよと言っていたあの日々はもうやってこないと考えると虚しくなる。

彼女と再会したのはとある飲み会がきっかけだった。会いたいと思っていなかったし、彼女が来るのも知らなかった。友人が別れてからもう十分時間が経っているし大丈夫だ

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消費される心、満たしたい顕示欲

消費される心、満たしたい顕示欲

とある会食で「爪が綺麗だね」と褒められた。爪の手入れは念入りにしているため、とても嬉しかった。続けて、「うちの嫁は爪が深爪で女性っ気がない」と嘆いている。その言葉は聞かないフリをしてやり過ごした。自分のパートナーを「嫁」と呼ぶ人をどうも好きになれない。彼らは言葉の意味を理解していないし、無意識のうちに女性を下に見ている。

彼は自分のパートナーが深爪である理由を知っているのだろうか。家事を全てパー

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ハッピーバースデー

ハッピーバースデー

夏は、2人が恋人になった季節だ。あらゆる試練を共に乗り超えた結果、2人は運命を盲目的に信じていた。きっと、これが最後の恋。そう信じていた恋は最後にはならなくて、結局振り出しに戻った。

花火が上がる。大きな音を上げたその玉は勢いを上げて光を放つ。手を握りながら見たあの日々とは打って変わって、私たちは距離を置いて花火を見ていた。きっと今日で終わる。そう直感が言う。またしても君も私も真実の愛を手に入れ

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吉本ばなな『キッチン』:悲しみに寄り添いながら生きる再生の物語

吉本ばなな『キッチン』:悲しみに寄り添いながら生きる再生の物語

我が家のキッチンにはいつも父が立っていた。周りの友達に父がキッチンに立っている家庭はなく、なんとも言えない不思議な空間だった。それが嫌いだったわけではない。父が作る料理は抜群に美味しかったし、母は料理が苦手だと言っていたため、適材適所なのだろうと子どもながらに感じていた。

父の得意料理はなんだったのだろう。カレーや肉じゃが、唐揚げ、オムライスのような鉄板の家庭料理はもちろん、季節の魚や野菜を使っ

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茅ヶ崎の海は、まだ泳ぐのに、安全でも適切でもありませんでした

茅ヶ崎の海は、まだ泳ぐのに、安全でも適切でもありませんでした

ふと、海が見たいと思った。

東京に移住してから早3ヶ月が経ち、都会の喧騒に少し疲れが見え始めていた。以前住んでいた場所には大きなビルはなく、どこまでも視界が良好で。仕事終わりに晴れ渡る空を眺めては、心の安寧を取り戻していたなぁと物思いに耽る。そんなゆらりとした日々とは真逆の生活を送り、このままでは心が折れてしまうと考え、平日に休暇を取って海に行こうと決めた。

東京から足を運べる海といえば熱海や

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30歳になっても、まだ自分の可能性を捨てきれない

30歳になっても、まだ自分の可能性を捨てきれない

幼い頃にずっとテレビで観ていたヒーローたち。世界の平和を守るために悪と闘うことで、世の人たちから賞賛を得る。そんな人たちを観て育ったからか、自分もいつかは世界を救うヒーローになると信じて疑わなかった。でも、歳を重ね大人になっても、ヒーローはおろか何者かにもなれていない。

人間は自分以外にはなれない。そんな当たり前の言葉を言われても、納得できなくて、何者かになるためにもがく30歳になってしまった。

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