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結婚願望

昔の恋人と久しぶりに会った。

別れてからずいぶん時間が経って、変わったところばかりがやけに目につく。ずっと好きだと言っていたアニメはもう観なくなったらしい。眠る前に一緒に観ようよと言っていたあの日々はもうやってこないと考えると虚しくなる。

彼女と再会したのはとある飲み会がきっかけだった。会いたいと思っていなかったし、彼女が来るのも知らなかった。友人が別れてからもう十分時間が経っているし大丈夫だろうと、悪気のない気配慮によって僕たちは再会を果たした。

店に入った途端に、彼女がいることがわかった。帰ろうと思ったが、友人が僕の名前を呼んだから帰るに帰れない。数日後に友人に「なぜ呼んだんだ」と怒って、険悪なムードになったのは言うまでもないだろう。彼女もすぐさま僕に気づいて、気まずそうに軽い会釈をした。無視するのも悪いと思ったので、僕も会釈を返して、その日はそれっきりだった。

帰り道が一緒になって、僕たちは昔と変わらない何気ない話をたくさんした。一緒にいたあの日々が懐かしくなって、今度飲みに行かない?と誘うといいよと返ってきた。断られると思っていた。でも、なぜか彼女も僕の提案を受け入れていた。

あの日から僕たちは数ヶ月に1回飲みに行っている。お互いに浮いた話はなく、彼女は絶賛婚活中らしい。マッチングアプリで何人かと会ったが、どうもしっくりこないとのこと。少しでもチャンスがあるかもしれないと思った自分がとても嫌だった。別れたのにはちゃんと理由がある。根本がわからないまま戻ったとしても、同じ結末を辿るだけだ。

彼女はアニメではなく、ドラマにハマっているらしい。あの終わり方はないよねとか、最近はキスシーンが減ったとか、一緒にいた頃はドラマのどの言葉すら出てこなかったくせに、ずっと観てきたかのようにドラマ通ぶっている。

彼女は変わった。そして、僕も変わった。でも、変わらないものもある。

ある日、居酒屋に行った時の出来事だ。付き合っていた頃によく一緒に行っていた居酒屋で彼女はいつもレモンサワーとだし巻き卵を頼んでいた。これが美味しいんだよねと笑顔で話している。ああ、ここは変わらないんだなと勝手に嬉しくなった。彼女は酒が弱く、酔うと口が悪くなる。今日も会社の上司の愚痴を言っていた。それを宥めるのが僕の役目で、それは僕にだけに見せる顔だった。居酒屋を出た後はいつもラーメンか牛丼を食べていたが、それがなくなったことで、僕たちが違う時間を過ごしていたと気付かされた。

2人で歩いているとコンビニが目に見えた。

「アイス食べたいんでしょ?」
「え?なんでわかったの?」
「お酒を飲んだ後はアイスだってずっと言ってたじゃん」
「言ってたね」
「そういうところは変わらないんだって少し安心した」

コンビニに足を踏み入れて、僕たちはアイスを購入した。チョコモナカジャンボが日本で一番売れているアイスだということは彼女から教わった。それは今も変わらないのだろうか。そんなことはどうでもいいか。いつものようにチョコモナカジャンボを購入する。

彼女はいつも優柔不断だった。アイスを選ぶときもいつも迷っている。とにかくチョコモナカジャンボは絶対に食べたいらしい。そのほかにも候補があって、僕がアイスモナカジャンボを、彼女は自分が食べたいものを購入する。そして、いつも一口だけアイスモナカジャンボを欲しがった。今日もいつも通りチョコモナカジャンボと別のものを購入した。そして、それ一口ちょうだいと彼女が言う。はいはいと手渡して彼女が一口食べる。

ああ、変わらないなぁと思った。きっと彼女も同じことを思っているに違いない。

「私ずっと結婚願望が消えないんだ。周りが結婚しましたって報告しているのを見るたびに焦るし、自分もしたいなって思う」
「へぇ〜そうなんだ。周りがしているのを見ると焦るのはわかる」
「でも、本当に結婚したいのかどうかはわからないの。周りがしているからしたいと思っているだけかもしれないし……」
「自分の本心がわからないってこと?」
「そう。おばあちゃんに孫を見せたいとか、周りが結婚しているとか、そこに自分の本心があるのかどうかがわからない」
「ふーん。したかったらする、したくなかったらしないでいいんじゃないの」
「君はなーんにもわかってないんだな。それがわからないからずっと悩んでいるのよ。そういえば君と別れた理由もそんな感じだった気がする」
「俺たちが別れた理由ってなんなの?」
「そういうところだよ」

よくわからなかった。僕がフラれた理由も彼女が結婚願望があるかどうかも。僕は相手の気持ちを考えずに一貫して自分の意見を言う癖がある。最初はそれを面白がってくれていたのだけれど、いつしか彼女がそれに愛想を尽かすようになった。僕なりの分析はきっと正しくて、僕はいつも答えを欲しがって、彼女は答えを有耶無耶にしたがる。

僕は悩むのが嫌いで、彼女は悩むのが好き。どちらがいいかはわからないけれど、僕たちは決定的な違いを持っている。僕はずっと結婚したいと思っていた。彼女は結婚が本当の幸せの形なのかをずっと考えている。共に模索するほどの耐久力が僕にはない。嫌だったら結婚を解消すればいい。結婚はゴールではなく、幸せになるための第一歩なのだから。

アイスを食べながら歩いていると、駅に着いた。

「結婚したいかどうかの結論はまだ出ないけれど、ちゃんと答えを出せるように頑張るね。次会えるのは冬頃かな。おでんとかお鍋とか温かいものを食べながらまた話を聞いてよ」
「そっか。わかった。ちゃんと結論出るといいね。美味しいお店探しとく。とびっきり美味しいお店を選ぶから楽しみにしててよ」

彼女に対する気持ちはずっと変わっていない。僕の結論は最初から出ていて、やり直したいの一点張りだ。きっと彼女も同じ気持ちだから今もこうして会い続けているのだろう。でも、この関係が2人にとって正しいのかを彼女はずっと悩んでいる。その答えが出るのはいつになるのだろうか。

ずっと悩んでいる彼女に対して、やり直そうという一方的な結論は伝えられない。それはきっと彼女のためにはならないのだから。彼女とずっと一緒にいたいという願望が実現するならば、結婚するか、しないかは結論どうだっていい。そうすれば2人の悩みはすぐさま解決する。そっちの方が断然いい。なんてことは口が裂けても言えないのだけれど。


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