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【掌編】盲いた君へ変わらないおはようを
窓の外に白が散らかる。ときたま、鈍色の空を裂いて射し込む夕日がそれらを淡く染め上げると、弱視の僕の曖昧な視界は季節外れの桜を捉えるのだった。腰掛けた椅子の背もたれに思う存分に体を預け、顎を反らすように天窓を見上げると、まるで自身が雪の中を天に向かって上昇しているように感じられた。
「雪だよ、サチ」
一足先にある暖炉の前に寝そべるサチに声を掛けると、彼女はゆるりと頭を持ち上げ僕に一瞥を寄越し、まもな
【短編】やさしいおおかみ
深い深い森の中。陽光がか細く差し込むしっとりとした森の中。そこに一匹の狼がいた。
狼は殺生を好まない優しい心を持っていることで有名だった。喉が渇けば草露をすすり、腹が空けば悲しそうな顔で兎や狐を一口一口大事に噛み締めた。
森の動物たちは、そんな狼のことが大好きだった。お腹を空かせて目をぎらぎらさせる狼に、「みんな僕から離れて」と自らの野生の本能に逆らおうと苦しむ狼に、森の動物たちは「私を食べて」と
《掌編》教え子よりの書簡
許せないと感じた怒りがありました。声も出せないほどの悲しみがありました。あんなにも忘れられそうにないと思っていたのに、これを書いている今もそう思っているのに、その全てを見捨てるように、今年という一年が終わろうとしています。毎年突きつけられるこの無情に、僕はまだ慣れることができません。飽きもせず、来年も律儀に寒々しい気持ちになることが目に見えているので、今からでも遅くはない、忘れる努力をするべきなの
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