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【掌編】あなたに素直な祝福を。

思わず喉でぐっと空気を固めてしまうような、具合の悪い乾いた音が短く響き、僕は思わずはっとした。書いては消し、書いては消しを繰り返した果てに破れてしまった便箋の舌打ちだったらしい。
密度の増した空気を口から溢すと、それは意図せずため息のようになった。それにまたため息が出そうになる。
焚き付けにする以外に用途がなくなってしまった紙っぺらを乱雑に丸め、手のひらで掻き分けるように机から滑り落とすと、再び舌打ちに似た乾いた音が聞こえた。
「あー」だの「うー」だの呻きながらかれこれ一時間はこの悶着を続けているが、そろそろ「優しくしてくれ」と紙と地球から言われてしまいそうだ。
油を挿したばかりのからくりのように滑らかに言葉を紡ぐのが得意なのはどうやら口だけだったらしい。向き合うのが人ではなく書面になるだけでこんなにも僕の脳は空転してしまう、ということを久方ぶりに思い知った。
そうだった、だから手紙は避けていたのに。それすらも忘れてしまうほどに、僕は僕の生活から手紙を遠ざけていた。幸い、今はSNSというツールがあるため、筆なぞとらずとも知人や友人、家族と連絡を取ることは可能だった。
では何故、今さら手紙を書こうと思ったのか。"なんとなく"、そんなそっけない言葉が頭を巡るが、まあそんなところだ。
慣れないことはするもんじゃないな、と思いながらペンを手放し指をぱきぱきと鳴らす。その小気味良い軽快な音と力を込めすぎたせいで抉れたように窪む中指の第一関節を見ているとなんだか馬鹿らしくなってきてしまい、自然と表情が緩まった。
あーーー。
「拝啓」とかもうやめよう。付け焼き刃の敬語も、慣れない長文も。飾り立てるような楷書も、どうでもいい。めちゃくちゃでいいから書いてしまおう。
そう気持ちを切り替えると、僕は深く息を吸い、深く息を吐いて、息を吐いた。

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